14日は坊主の卒業式でしたので基調講座のみで中座する形でしたが、主催する縄文の会の一員として最低限の責任を果たすべく、文化センターで開催された縄文遺跡活用フォーラムに参加しました。
今回は、県内の縄文遺跡と大森勝山遺跡について学ぶ基調講座と県内主要遺跡からの報告、そして午後からは遺跡の活用をワークショップ形式で自由に考えるという流れでしたので、最後まで参加できなかったのが本当に残念でしたが、この形は歴史を学ぶこととそれを生かしてまちづくりを考えるという一石二鳥の取り組みだけに、もっと広がっていくべきだと思います。
これまでの形であれば、歴史を学ぶ講座であれば年配の方々が多く、まちづくりとなるとJCや大学生といった若い顔ぶれと分かれているのが、今回は双方が参加する場となったことで、若い世代が縄文遺跡の価値を理解するとともに、年配の方々がワークショップというなじみのないスタイルでの意見の出し合いを経験することになり、ともに刺激のある時間だったことでしょう。
これまでも、相馬の長慶天皇伝説や三和地区の砂沢遺跡、はたまた船沢地区出身の前田光世といった地区と結びついた歴史テーマについてふれてきましたが、石川城や和徳城といった南部氏支配時代の歴史を持つ地区、大浦城や堀越城といった津軽氏による津軽統一の拠点、さらには各地に点在する神社仏閣などを学んだ上で活用を考える取り組みを、もっと自由な形で進めていくことが広がれば、保存一辺倒でも現在の課題のみに縛られるのでもない形でのまちづくりができるのではないかと思います。
実は14日の午後にはヒロロで都市計画課が主管する「まち育てミーティング」も行われたのですが、昨年度の実施地区であった経験からすると、地区で行われたワークショップには歴史を掘り返す視点も持っているだけに、フォーラムとミーティングが別々に開催されるのではなく、主管課や団体が別であっても同じ方向性を持つものをリンクさせたり一緒に考える場をつくっていく連携や工夫が必要だと思います。
これは縦割り行政の中では難しいことのように思われますが、取り組まれていないだけに形ができた場合の起爆力は大きいでしょうから、歴史とまちづくりばかりでなく都市計画や景観でも組み合わせて一緒に考えていくことを提言していきたいと思います。
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