今日はAppleの創業者スティーブ・ジョブズが亡くなられた日です。
1994年にPowerBook520というモノクロ画面のノートからAppleユーザーである私にとって、風前の灯だった会社に復帰してiMac・iPod・iPhone・iPadと革命的な製品を次々と生み出したジョブズには感謝してもしきれない思いと、"Think different""Stay foolish"といった人生の指針となる言葉そのものの生き方を示してくれた尊敬の念があります。
それだけに、日本一のりんごの街である弘前とAppleとつながる取り組みがもっと増えてほしいと思いますし、またしても同じくApple信者である広瀬先生のブログにインスパイアされましたので、今回はその思いをこめての提言です。
弘前とAppleをつなぐものとして一番あるのは、iPhone・iPadなどのケースに津軽塗を使うことです。
これには取り組んでいる若い制作者もいますし、その中でも「普段使いの津軽塗」のケースは一番ピッタリくるプラスチックケースを数十種類も試した上で選んだものを使っているので、非常にできばえがよく、オススメです。早くiPhone6用が出てほしいです。
これには、長く使える津軽塗には買い替えが進まないという反面的なデメリットがあるのを、少なくとも2年に1回のモデルチェンジで買い替えてもらえるというビジネスとしての可能性がありますし、広瀬先生が提案しているように日本だけでなく世界に向けて売り出すという大きな発想で取り組めば、さらなる可能性が広がります。
弘前市では、クラフトコーディネーターという外部人材に新製品開発や販路拡大で協力していただいていますが、若い職人たちとコーディネーターをつないで弘前発の津軽塗ケースをトータルなブランディングをすることも大事です。
もう一つは、以前も書きましたが、iBeaconという新機能を使って商店街のお買い得情報などを発信する方法を全国のどこよりも早く土手町で実現させることです。
これこそ、りんごの街弘前でAppleの最近機能を実現というニュースバリューを生み出しますし、実際に便利になるばかりでなく、先進的な取り組みとして視察を呼びこむことにもつながるでしょうから、さらににぎわいを生み出すことにもなります。
これを地元のアプリ開発者に取り組ませれば、起業や事業拡大のチャンスを作ることもできますし、前述の津軽塗ともども若い人材が弘前でがんばろうという機運を高めることにもつながります。
私にとってAppleとは夢の会社ですが、そのAppleとつながる形で弘前に仕事の夢が生まれてくれたら、これほどうれしいことはありません。
2014年10月5日日曜日
2014年7月17日木曜日
市立病院と旧一大跡地を生かすには
月曜日に連合町会主催の町会長研修会があったのですが、情報交換会に移ってから同じテーブルになったのが旧一大小跡地の活用を質問された方と、その最後の校長を務めた方でしたので、当時の話や思いを詳しく教えていただきました。
ちょうど、朝刊では葛西市長が重点要望として市立病院を定住圏の中核病院と位置づけたいという話題も出ていましたので、市内中心部に向かい合っている市立病院と旧一大跡地のことを考えてみたいと思います。
上土手町からイトーヨーカドーにつながる通りをはさんで市立病院と旧一大跡地は向かい合っていますが、市内中心部の少子化で一大小は12年前に二大小と統合移転して以来、跡地は市民課分室が置かれたこともありましたがヒロロ開業で廃止され、現在では建物が残ったまま市立病院の駐車場の役割を果たすのみとなっています。
前述の関係者ばかりでなく、市議時代にもまちづくりの拠点やコンベンションセンターとするような活用の提言をいただいたこともありましたが、まちづくりの部分はヒロロスクウェアがその機能を担う形になっていますし、校舎を利用するにしても老朽化が進んでいて、そのままというわけにはいかないのが実情です。
一方、市立病院は市内8ヶ所の前川國男建築の一つではありますが、1971年の建築で耐震に問題があるところに広域の中核病院としての位置づけを検討する状況下にあります。
以前、前川建築のシンポジウムで前川氏に身近に仕えた方が、「前川は、自分の建築を残すことより、必要に応じて変えていくことをよしとしていた」と話していたことからすれば、病院こそ当時の機能と役割が変わっているものですので、津軽全体のことを考えれば城東地区もしくは大鰐インターの近くに移転するのが最適解だと思います。
旧一大ばかりか市立病院も移転となれば、あの一帯はどのようにすればよいのでしょう。
中心街であるだけでなく駅からもほど近い場所であるだけに、多くの人に足を運んでもらえる施設が考えられますが、ホールとしては同じく前川建築の市民会館が大規模改修されたばかりだけに、残るはこれまた老朽化している市民体育館の移転場所として検討するのが一番ではないかと思います。
それを、体育ばかりでなく会議室を多く配置するようにして、街なかスポーツ研修施設のような位置づけにすれば、大きなインドアの試合にも日常のスポーツ活動にも活用できるでしょうし、市民にとっても使い勝手のよい場になるのではと思います。
これも、市にとっては大きな意味を持つ政策事業になりますので、ぜひ皆さんにもご意見をうかがいたいと思いますし、機会があれば修故創新塾のテーマにもしたいと思っています。
ちょうど、朝刊では葛西市長が重点要望として市立病院を定住圏の中核病院と位置づけたいという話題も出ていましたので、市内中心部に向かい合っている市立病院と旧一大跡地のことを考えてみたいと思います。
上土手町からイトーヨーカドーにつながる通りをはさんで市立病院と旧一大跡地は向かい合っていますが、市内中心部の少子化で一大小は12年前に二大小と統合移転して以来、跡地は市民課分室が置かれたこともありましたがヒロロ開業で廃止され、現在では建物が残ったまま市立病院の駐車場の役割を果たすのみとなっています。
前述の関係者ばかりでなく、市議時代にもまちづくりの拠点やコンベンションセンターとするような活用の提言をいただいたこともありましたが、まちづくりの部分はヒロロスクウェアがその機能を担う形になっていますし、校舎を利用するにしても老朽化が進んでいて、そのままというわけにはいかないのが実情です。
一方、市立病院は市内8ヶ所の前川國男建築の一つではありますが、1971年の建築で耐震に問題があるところに広域の中核病院としての位置づけを検討する状況下にあります。
以前、前川建築のシンポジウムで前川氏に身近に仕えた方が、「前川は、自分の建築を残すことより、必要に応じて変えていくことをよしとしていた」と話していたことからすれば、病院こそ当時の機能と役割が変わっているものですので、津軽全体のことを考えれば城東地区もしくは大鰐インターの近くに移転するのが最適解だと思います。
旧一大ばかりか市立病院も移転となれば、あの一帯はどのようにすればよいのでしょう。
中心街であるだけでなく駅からもほど近い場所であるだけに、多くの人に足を運んでもらえる施設が考えられますが、ホールとしては同じく前川建築の市民会館が大規模改修されたばかりだけに、残るはこれまた老朽化している市民体育館の移転場所として検討するのが一番ではないかと思います。
それを、体育ばかりでなく会議室を多く配置するようにして、街なかスポーツ研修施設のような位置づけにすれば、大きなインドアの試合にも日常のスポーツ活動にも活用できるでしょうし、市民にとっても使い勝手のよい場になるのではと思います。
これも、市にとっては大きな意味を持つ政策事業になりますので、ぜひ皆さんにもご意見をうかがいたいと思いますし、機会があれば修故創新塾のテーマにもしたいと思っています。
2014年6月22日日曜日
典礼会館を許したもの
本日、オープンしてから初めて瓦ヶ町にできた典礼会館での通夜に参列しました。
当初から疑問に思っていましたが、実際に足を運んでみて中心街にあるべきでない施設だと痛感しましたので、中心市街地活性化とからめて考えてみたいと思います。
初めてということでいつもより少しは早めに到着したのですが、敷地内の駐車場はすでに満車で臨時駐車場となっている中土手町の「丸幸あかいし」跡に回るようにいわれたのですが、細い一方通行を土手町の通りに出るまで時間がかかった上にこちらも満車で、駐車料金を払って中三立体駐車場に置かざるを得ませんでした。
入ってみると、わざわざ記帳と称してカードに1枚ずつ書かせるのに個人情報の懸念を感じ、式場内の導線も逆でなじめず、全国チェーンへの嫌悪感を感じながらだったせいで、どうにも追悼の思いが薄まってしまいました。
全国チェーンでありながら、駐車場への対応が不十分であったり、そもそも土手町という弘前を代表する商店街のすぐ隣に葬儀というしめやかでなければならない施設を建てるというセンスやマーケティング能力のなさにあきれて帰ってきたのですが、逆に考えてみれば自分の持つ土地がどういう場所か重々承知しているはずの地元の地主が目先のカネほしさに売ってしまっているわけですから、始末に負えないのはこちらの方です。
もう少し踏みこんで考えると、このエリアは中心市街地活性化事業計画の対象となっているのですが、そこに人が足を運ぶとはいえ、喪服に身を包んだままで街をにぎわせるわけにもいきませんし、それどころか買い物に来る人たちでも無縁であれば近寄りたくはない建物があることは、客足を遠のかせることにもなりかねません。
それこそ、来週の日曜日には土手町で「よさこい津軽」があり一番近い中土手町交差点が最大のステージ箇所であるだけに、仮に葬儀の日程とかち合っていたら、弔う側も踊る方も気まずいだろうと思います。
それだけに、市としても建設の計画や実際の建築確認が出てきた時点で典礼会館側と話し合って事業中止を求めるべきだったと思いますし、それをせずに許可してしまっているのは、「土手町がどうなってもよい」という街に対する未必の殺意があったと言われても仕方ありません。
もしかすれば、中活を推進する商工観光部門と建設部との間で意思疎通がうまくいってなかったのかも知れませんが、先日の有料老人ホームの件でも建築確認での制限を提言したとおり、ハードの面からまちづくりのハンドルを切る必要があるので、私からすれば建築指導課こそがすべての政策を一番理解していなくてはならないセクションだとさえ言いたくなります。
いずれにしても、市民にも自分の利益だけでなく市としての利益不利益を考えて行動することを求めたいですし、市の職員にはかかわっている事業を他人事ではなく自分事として考える態度で臨んでほしいと思います。
ちなみに、今日の仏様は現職の市職員でしたが、葬儀の手伝いや参列した同僚の皆さんに気づかせるために故人がこの会場を選んだのだと思わずにはいられません。
当初から疑問に思っていましたが、実際に足を運んでみて中心街にあるべきでない施設だと痛感しましたので、中心市街地活性化とからめて考えてみたいと思います。
初めてということでいつもより少しは早めに到着したのですが、敷地内の駐車場はすでに満車で臨時駐車場となっている中土手町の「丸幸あかいし」跡に回るようにいわれたのですが、細い一方通行を土手町の通りに出るまで時間がかかった上にこちらも満車で、駐車料金を払って中三立体駐車場に置かざるを得ませんでした。
入ってみると、わざわざ記帳と称してカードに1枚ずつ書かせるのに個人情報の懸念を感じ、式場内の導線も逆でなじめず、全国チェーンへの嫌悪感を感じながらだったせいで、どうにも追悼の思いが薄まってしまいました。
全国チェーンでありながら、駐車場への対応が不十分であったり、そもそも土手町という弘前を代表する商店街のすぐ隣に葬儀というしめやかでなければならない施設を建てるというセンスやマーケティング能力のなさにあきれて帰ってきたのですが、逆に考えてみれば自分の持つ土地がどういう場所か重々承知しているはずの地元の地主が目先のカネほしさに売ってしまっているわけですから、始末に負えないのはこちらの方です。
もう少し踏みこんで考えると、このエリアは中心市街地活性化事業計画の対象となっているのですが、そこに人が足を運ぶとはいえ、喪服に身を包んだままで街をにぎわせるわけにもいきませんし、それどころか買い物に来る人たちでも無縁であれば近寄りたくはない建物があることは、客足を遠のかせることにもなりかねません。
それこそ、来週の日曜日には土手町で「よさこい津軽」があり一番近い中土手町交差点が最大のステージ箇所であるだけに、仮に葬儀の日程とかち合っていたら、弔う側も踊る方も気まずいだろうと思います。
それだけに、市としても建設の計画や実際の建築確認が出てきた時点で典礼会館側と話し合って事業中止を求めるべきだったと思いますし、それをせずに許可してしまっているのは、「土手町がどうなってもよい」という街に対する未必の殺意があったと言われても仕方ありません。
もしかすれば、中活を推進する商工観光部門と建設部との間で意思疎通がうまくいってなかったのかも知れませんが、先日の有料老人ホームの件でも建築確認での制限を提言したとおり、ハードの面からまちづくりのハンドルを切る必要があるので、私からすれば建築指導課こそがすべての政策を一番理解していなくてはならないセクションだとさえ言いたくなります。
いずれにしても、市民にも自分の利益だけでなく市としての利益不利益を考えて行動することを求めたいですし、市の職員にはかかわっている事業を他人事ではなく自分事として考える態度で臨んでほしいと思います。
ちなみに、今日の仏様は現職の市職員でしたが、葬儀の手伝いや参列した同僚の皆さんに気づかせるために故人がこの会場を選んだのだと思わずにはいられません。
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