先日取り上げたばかりの救急輪番問題ですが、さらに弘愛会病院も外科輪番から今年度いっぱいで離脱と事態はあっという間に深刻化してしまいました。
別の記事では葛西市長も危機感を募らせているということですが、この問題こそスピード感を持って大胆な手を打つべきことだけに、今こそ救急問題にエース級職員を専任させることを提言します。
何を唐突にと思われる提言だと思いますが、これには先例がありまして、全国的に医療崩壊が叫ばれた2010年前後に岩手県遠野市では市内に産科医不在という事態になり、この問題に対応するために2000年の介護保険制度導入、その後はケーブルTV設立と、いくつもの難題に取り組んできた職員を専任で配置し、それが市立での助産院設立とモバイル遠隔健診の組み合わせによる「ねっと・ゆりかご」という形になり、総務省からも先進事例として紹介されるほどの成果を上げています。
この方とは、1998年1月に八戸市で開催された地域福祉シンポジウムで同じシンポジストという立場だったことで知己をいただき、そのご縁で何度も遠野市の福祉の取り組みを施設職員や家族会と一緒に見学に行ったり、家族旅行でジンギスカンをごちそうになるほどのご縁になっていますが、元々は教育委員会で最後は遠野のサッカーのために役に立ちたいと願うスーパー公務員から教えていただいたことは数えきれません。
他にも、滋賀県大津市から厚生労働省に出向して2006年の地域包括支援センター設置にかかわった方も、市職員という枠を飛びこえて県内外の自治体の支援に飛び回っていますし、もっと有名な方では小樽市から飛び出して全国を公演して回っている木村俊昭さんと、スーパー公務員は思った以上に存在しています。
話を元に戻しますと、弘前市の救急問題は上半期のうちに対策を打ち出して下半期には実現に向けてシステム変更や人選をするといった具体的なアクションに入らないと、来年度には外科輪番が崩壊することになってしまいますから、それこそ一気に打開できるアイデアを打ち出して実行できる人材に専任させる必要があります。
それができるのは、先に紹介したスーパー公務員になれるようなエース級職員だと思いますし、これが成功できればそう呼ばれるのがふさわしい存在になりますが、弘前市の場合はそれに近い力量の人材はいるにしても健康福祉畑を経験していないのが心もとない気がします。
それでも、時ここに至っては最後のチャンスにかけるしかありませんので、今月中にはこれに準じた人事発令をしてほしいと思いますし、その動きがないなら6月定例会の一般質問で一番最初にぶつけたいと思っています。
この問題は、葛西市長が医療法下に真剣に向き合う気持ちがあるのかどうか、そして市職員を本当に信頼して育成しようと思っているのかの試金石です。
私は、市職員の底力に賭けたいと思っています。
2015年4月10日金曜日
2015年4月4日土曜日
派遣社員にこそ婚活サポート
これも先日の報道ですが、農業委員会による農業者対象の婚活事業「独身農業者縁結び事業」でゴールイン第1号が誕生したのだそうで、まずはこの新婚夫婦におめでとうございますと祝福したいと思います。
ところで、この農業委員会による婚活事業は別の名称・内容で私の在職した2007年以前からあり、何度か質問した記憶ではカップル誕生から結婚に至った事例もあると答弁されていたので、今回は縁結び事業としての第1号と受けとめています。
その際には、農業者以外にも婚活を支援する考えはないかとつけ加えて質していましたが、近年では縁結び事業以外に弘前めぐりあいサポーター出愛(であい)創出事業・若者魅力アップセミナー事業・ひろさき男子お弘芽(おひろめ)会事業・恋人の聖地プロジェクト推進事業と、5つもの事業が展開されるようになったのは隔日の館があります。
ただし、出愛創出事業の実際をFacebookへの投稿で見る限り、講師も受講者もJCやYEGメンバーが多く、どちらかというと余裕のある立場の人間がかかわっているように思いますし、農業者についても嫁不足の現実は身近に知ってはいるものの、20代の農業後継者は腹をすえてがんばろうという魅力と家の後を継ぐという経済的な保障があることで結婚している率が高いように思えるだけに、本当に婚活そして生活支援を必要としている若者が対象となっていないと思うのです。
それは、工場に勤務する派遣社員や工事現場で働く非正規雇用である若者です。
市内の工場の中にはiPhoneのパーツを組み立てているところもあると聞くほど業績好調な業種もあり、交替の時間帯に通りかかると勤務している人数の多さに圧倒されることがありますが、その多くは派遣という立場だけに、いつ雇い止めの日が来るかも知れない不安定な立場で、正社員とは比較にならない賃金で生活しています。
それでも物価が安く自宅で生活している分には食うには困らないにしても、労働の不規則さと将来の見通しが立たないことで結婚して家庭を持つという未来図を描くのが困難な状況にあるのは、若手経営者はもちろん農業者と比べても大変ですし、前2者が行政や商工会議所・農協など関係団体との関係が強いのに対してほとんどバックアップしてくれるものがない立場でもあります。
それだけに、婚活以前に正規就業へのサポートからはじめる必要があるほど息の長い支援が必要ですし、そのためには縦割り行政の枠を超えた取り組みとしなければなりませんので、それこそ子育て支援課と同じように若者支援課を設置してトータルでサポートするくらいの思い切った対策を打つべきだと思います。
実際のところ、私自身も派遣で働く若者の声を聴く機会がありませんので、もしご自身でも家族としての立場でもお話しくださる方がいましたら、ぜひご一報いただきたいと思います。
ところで、この農業委員会による婚活事業は別の名称・内容で私の在職した2007年以前からあり、何度か質問した記憶ではカップル誕生から結婚に至った事例もあると答弁されていたので、今回は縁結び事業としての第1号と受けとめています。
その際には、農業者以外にも婚活を支援する考えはないかとつけ加えて質していましたが、近年では縁結び事業以外に弘前めぐりあいサポーター出愛(であい)創出事業・若者魅力アップセミナー事業・ひろさき男子お弘芽(おひろめ)会事業・恋人の聖地プロジェクト推進事業と、5つもの事業が展開されるようになったのは隔日の館があります。
ただし、出愛創出事業の実際をFacebookへの投稿で見る限り、講師も受講者もJCやYEGメンバーが多く、どちらかというと余裕のある立場の人間がかかわっているように思いますし、農業者についても嫁不足の現実は身近に知ってはいるものの、20代の農業後継者は腹をすえてがんばろうという魅力と家の後を継ぐという経済的な保障があることで結婚している率が高いように思えるだけに、本当に婚活そして生活支援を必要としている若者が対象となっていないと思うのです。
それは、工場に勤務する派遣社員や工事現場で働く非正規雇用である若者です。
市内の工場の中にはiPhoneのパーツを組み立てているところもあると聞くほど業績好調な業種もあり、交替の時間帯に通りかかると勤務している人数の多さに圧倒されることがありますが、その多くは派遣という立場だけに、いつ雇い止めの日が来るかも知れない不安定な立場で、正社員とは比較にならない賃金で生活しています。
それでも物価が安く自宅で生活している分には食うには困らないにしても、労働の不規則さと将来の見通しが立たないことで結婚して家庭を持つという未来図を描くのが困難な状況にあるのは、若手経営者はもちろん農業者と比べても大変ですし、前2者が行政や商工会議所・農協など関係団体との関係が強いのに対してほとんどバックアップしてくれるものがない立場でもあります。
それだけに、婚活以前に正規就業へのサポートからはじめる必要があるほど息の長い支援が必要ですし、そのためには縦割り行政の枠を超えた取り組みとしなければなりませんので、それこそ子育て支援課と同じように若者支援課を設置してトータルでサポートするくらいの思い切った対策を打つべきだと思います。
実際のところ、私自身も派遣で働く若者の声を聴く機会がありませんので、もしご自身でも家族としての立場でもお話しくださる方がいましたら、ぜひご一報いただきたいと思います。
2015年4月2日木曜日
自主防災会の連絡組織を
先日の地元紙の記事によると、八戸市で自主防災会の連絡組織である「自主防災会連絡協議会」が設立され、加入した81の防災会で人口の8割以上をカバーする形なのだそうです。
これにひきかえ、弘前市では約300の町会がありますが、そのうち自主防災会を組織しているのは100にも満たない状況ですし、ましてや連絡組織を立ち上げようというような機運はまったくありませんが、相馬地区では2年前に全16町会で会が組織されています。
今回は、自主防災会のあり方を考えてみたいと思います。
相馬地区では、3年前にろうそくまつりの沢田、峰越林道で秋田県までつながっている藍内の最措く部にある最奥部の2町会で結成され、翌年には残り14町会でも組織化が進められましたが、当時の構想では全16町会をつないでの連絡協議会をつくることをもくろんでいただけに、八戸市に先を越されたのは残念でした。
これは、当時の種沢相馬総合支所長の構想で、村出身だけあって本当に機能するための規模としては町会レベルではなく中学校区単位での連携が’必要と考えてのことでしたが、全町会で結成されたものの当の支所長が退職となったことで、構想は棚ざらしになって今日に至ります。
結成時には備品購入のための補助金が支給されることも結成を早くした理由の一つですが、実際には自家発電機以外は緊急よりも日常の町会活動で活用できるものを買いこんだようなものでしたし、集会所の避難訓練は行っても自主防災会が動くような訓練も行われておらず、開店休業といわれても仕方のない状況です。
これは、いざとなったら消防団が活動するから大丈夫という思いがあるからだとは思うのですが、消火や救助では先頭に立ってもらうにしても要援護者は誰々であって現在の避難状況はどうなのかを把握して消防団に動いてもらうのが自主防災会のめざす姿ですし、さらには消防が分団単位で動くことを考えれば、自主防災会も町会単位でなく分団が管轄する数町会で連絡組織を結成するのが必要です。
ところで、八戸市の81防災会が8割以上のエリアをカバーしているというのも、人口規模とカバー率からすれば分団規模で組織されているように推察されますので、相馬地区でも全町会で連絡協議会というよりも分団単位で4協議会を立ち上げた上で全市的な組織化を検討すべきだと思います。
八戸市に先を越されたのであれば、そこから早く学んでより機能する体制をつくる努力が市には求められていますし、それを尻を叩いてでも進めるのが議員の役割です。
これにひきかえ、弘前市では約300の町会がありますが、そのうち自主防災会を組織しているのは100にも満たない状況ですし、ましてや連絡組織を立ち上げようというような機運はまったくありませんが、相馬地区では2年前に全16町会で会が組織されています。
今回は、自主防災会のあり方を考えてみたいと思います。
相馬地区では、3年前にろうそくまつりの沢田、峰越林道で秋田県までつながっている藍内の最措く部にある最奥部の2町会で結成され、翌年には残り14町会でも組織化が進められましたが、当時の構想では全16町会をつないでの連絡協議会をつくることをもくろんでいただけに、八戸市に先を越されたのは残念でした。
これは、当時の種沢相馬総合支所長の構想で、村出身だけあって本当に機能するための規模としては町会レベルではなく中学校区単位での連携が’必要と考えてのことでしたが、全町会で結成されたものの当の支所長が退職となったことで、構想は棚ざらしになって今日に至ります。
結成時には備品購入のための補助金が支給されることも結成を早くした理由の一つですが、実際には自家発電機以外は緊急よりも日常の町会活動で活用できるものを買いこんだようなものでしたし、集会所の避難訓練は行っても自主防災会が動くような訓練も行われておらず、開店休業といわれても仕方のない状況です。
これは、いざとなったら消防団が活動するから大丈夫という思いがあるからだとは思うのですが、消火や救助では先頭に立ってもらうにしても要援護者は誰々であって現在の避難状況はどうなのかを把握して消防団に動いてもらうのが自主防災会のめざす姿ですし、さらには消防が分団単位で動くことを考えれば、自主防災会も町会単位でなく分団が管轄する数町会で連絡組織を結成するのが必要です。
ところで、八戸市の81防災会が8割以上のエリアをカバーしているというのも、人口規模とカバー率からすれば分団規模で組織されているように推察されますので、相馬地区でも全町会で連絡協議会というよりも分団単位で4協議会を立ち上げた上で全市的な組織化を検討すべきだと思います。
八戸市に先を越されたのであれば、そこから早く学んでより機能する体制をつくる努力が市には求められていますし、それを尻を叩いてでも進めるのが議員の役割です。
2015年3月25日水曜日
野田村を姉妹都市に
弘前市•津軽からの野田村支援は、発災の日から遅れること2週間となる3/24で、丸4年となりました。
支援にかかわってきた者としての思いは別のBlogでお知らせしたとおりですが、支援から交流へと言われながらも、現実には交流の絆は細くなっていく一方で、昨日も一番最初のご縁をつないでくださった方から、「忘れないでください」と言われたのが耳に残っています。
震災から何を学ぶかについては先日述べたとおりですが、せっかくのご縁を生かし続けていくために、野田村を新たに姉妹都市とすることを提言します。
現在、弘前市には群馬県太田市・北海道斜里町の二つが姉妹都市で、太田市は江戸時代の弘前藩の飛び地があったこと、斜里町は北方警護の藩士が殉難したのを手厚く祀ってきてくれたことを所以としています。
ちなみに、旧岩木町では北海道美瑛町・ミルウォーキー市が姉妹都市であり、旧相馬村にはありませんでしたが、旧岩木町の分は継承されず、旧弘前市のものだけが続いている形です。
今年は3市町村が合併して10年ですが、この間で一番ご縁が深まったばかりでなく弘前市の名を高らしめてくれた最大のパートナーが野田村であるのは論を待たないところです。
この節目の年に、そのパートナーとのご縁を今後とも大切にしていくと内外に宣言するのに姉妹都市というのはうってつけのものですし、弘前市は大震災を忘れないと誓うことにもなります。
これが実現すれば、桜まつりや食と産業まつりなどで野田村の産品を販売してもらったり、ねぷたまつりへの招待が再開するといった働きかけもしやすくなりますし、そのことで商工関係者もイベントだけでなくビジネスの面でも目を向けてくれるきっかけになるはずです。
また、海を持たない弘前市が海のある野田村から恩恵を受けたり、雪のほとんど降らない野田村の子どもたちをスキーに招待するという相補的な交流も考えられますし、逆に実際は野田村は海のエリアより山間部での生活圏が広いだけに、地形的にも人口的にも同規模となる相馬地区との地域間交流を進めるといったアクションがいくつでも起こせます。
規模が釣り合わないというのであれば、野田村だけでなくお隣久慈市は津軽家の出自の地という説がある旧縁あるところですので、北三陸2自治体との縁組で注目を集めるのも考え方だと思います。
この姉妹都市での交流継続はぜひとも実現させたいと思いますし、そのことを必ずや主張提言したいと思っています。
支援にかかわってきた者としての思いは別のBlogでお知らせしたとおりですが、支援から交流へと言われながらも、現実には交流の絆は細くなっていく一方で、昨日も一番最初のご縁をつないでくださった方から、「忘れないでください」と言われたのが耳に残っています。
震災から何を学ぶかについては先日述べたとおりですが、せっかくのご縁を生かし続けていくために、野田村を新たに姉妹都市とすることを提言します。
現在、弘前市には群馬県太田市・北海道斜里町の二つが姉妹都市で、太田市は江戸時代の弘前藩の飛び地があったこと、斜里町は北方警護の藩士が殉難したのを手厚く祀ってきてくれたことを所以としています。
ちなみに、旧岩木町では北海道美瑛町・ミルウォーキー市が姉妹都市であり、旧相馬村にはありませんでしたが、旧岩木町の分は継承されず、旧弘前市のものだけが続いている形です。
今年は3市町村が合併して10年ですが、この間で一番ご縁が深まったばかりでなく弘前市の名を高らしめてくれた最大のパートナーが野田村であるのは論を待たないところです。
この節目の年に、そのパートナーとのご縁を今後とも大切にしていくと内外に宣言するのに姉妹都市というのはうってつけのものですし、弘前市は大震災を忘れないと誓うことにもなります。
これが実現すれば、桜まつりや食と産業まつりなどで野田村の産品を販売してもらったり、ねぷたまつりへの招待が再開するといった働きかけもしやすくなりますし、そのことで商工関係者もイベントだけでなくビジネスの面でも目を向けてくれるきっかけになるはずです。
また、海を持たない弘前市が海のある野田村から恩恵を受けたり、雪のほとんど降らない野田村の子どもたちをスキーに招待するという相補的な交流も考えられますし、逆に実際は野田村は海のエリアより山間部での生活圏が広いだけに、地形的にも人口的にも同規模となる相馬地区との地域間交流を進めるといったアクションがいくつでも起こせます。
規模が釣り合わないというのであれば、野田村だけでなくお隣久慈市は津軽家の出自の地という説がある旧縁あるところですので、北三陸2自治体との縁組で注目を集めるのも考え方だと思います。
この姉妹都市での交流継続はぜひとも実現させたいと思いますし、そのことを必ずや主張提言したいと思っています。
2015年3月17日火曜日
歴史とまちづくりをつなぐ
14日は坊主の卒業式でしたので基調講座のみで中座する形でしたが、主催する縄文の会の一員として最低限の責任を果たすべく、文化センターで開催された縄文遺跡活用フォーラムに参加しました。
今回は、県内の縄文遺跡と大森勝山遺跡について学ぶ基調講座と県内主要遺跡からの報告、そして午後からは遺跡の活用をワークショップ形式で自由に考えるという流れでしたので、最後まで参加できなかったのが本当に残念でしたが、この形は歴史を学ぶこととそれを生かしてまちづくりを考えるという一石二鳥の取り組みだけに、もっと広がっていくべきだと思います。
これまでの形であれば、歴史を学ぶ講座であれば年配の方々が多く、まちづくりとなるとJCや大学生といった若い顔ぶれと分かれているのが、今回は双方が参加する場となったことで、若い世代が縄文遺跡の価値を理解するとともに、年配の方々がワークショップというなじみのないスタイルでの意見の出し合いを経験することになり、ともに刺激のある時間だったことでしょう。
これまでも、相馬の長慶天皇伝説や三和地区の砂沢遺跡、はたまた船沢地区出身の前田光世といった地区と結びついた歴史テーマについてふれてきましたが、石川城や和徳城といった南部氏支配時代の歴史を持つ地区、大浦城や堀越城といった津軽氏による津軽統一の拠点、さらには各地に点在する神社仏閣などを学んだ上で活用を考える取り組みを、もっと自由な形で進めていくことが広がれば、保存一辺倒でも現在の課題のみに縛られるのでもない形でのまちづくりができるのではないかと思います。
実は14日の午後にはヒロロで都市計画課が主管する「まち育てミーティング」も行われたのですが、昨年度の実施地区であった経験からすると、地区で行われたワークショップには歴史を掘り返す視点も持っているだけに、フォーラムとミーティングが別々に開催されるのではなく、主管課や団体が別であっても同じ方向性を持つものをリンクさせたり一緒に考える場をつくっていく連携や工夫が必要だと思います。
これは縦割り行政の中では難しいことのように思われますが、取り組まれていないだけに形ができた場合の起爆力は大きいでしょうから、歴史とまちづくりばかりでなく都市計画や景観でも組み合わせて一緒に考えていくことを提言していきたいと思います。
今回は、県内の縄文遺跡と大森勝山遺跡について学ぶ基調講座と県内主要遺跡からの報告、そして午後からは遺跡の活用をワークショップ形式で自由に考えるという流れでしたので、最後まで参加できなかったのが本当に残念でしたが、この形は歴史を学ぶこととそれを生かしてまちづくりを考えるという一石二鳥の取り組みだけに、もっと広がっていくべきだと思います。
これまでの形であれば、歴史を学ぶ講座であれば年配の方々が多く、まちづくりとなるとJCや大学生といった若い顔ぶれと分かれているのが、今回は双方が参加する場となったことで、若い世代が縄文遺跡の価値を理解するとともに、年配の方々がワークショップというなじみのないスタイルでの意見の出し合いを経験することになり、ともに刺激のある時間だったことでしょう。
これまでも、相馬の長慶天皇伝説や三和地区の砂沢遺跡、はたまた船沢地区出身の前田光世といった地区と結びついた歴史テーマについてふれてきましたが、石川城や和徳城といった南部氏支配時代の歴史を持つ地区、大浦城や堀越城といった津軽氏による津軽統一の拠点、さらには各地に点在する神社仏閣などを学んだ上で活用を考える取り組みを、もっと自由な形で進めていくことが広がれば、保存一辺倒でも現在の課題のみに縛られるのでもない形でのまちづくりができるのではないかと思います。
実は14日の午後にはヒロロで都市計画課が主管する「まち育てミーティング」も行われたのですが、昨年度の実施地区であった経験からすると、地区で行われたワークショップには歴史を掘り返す視点も持っているだけに、フォーラムとミーティングが別々に開催されるのではなく、主管課や団体が別であっても同じ方向性を持つものをリンクさせたり一緒に考える場をつくっていく連携や工夫が必要だと思います。
これは縦割り行政の中では難しいことのように思われますが、取り組まれていないだけに形ができた場合の起爆力は大きいでしょうから、歴史とまちづくりばかりでなく都市計画や景観でも組み合わせて一緒に考えていくことを提言していきたいと思います。
2015年2月25日水曜日
桜守本来の生かし方
これも何度か論じてきたテーマですが、樹木医・小林勝さんを再任用の上リーダーとして桜守チームを結成したのは、長年つちかってきた弘前方式のソメイヨシノを守り育てる技術を積極的に他地域に伝えていくことが主眼の一つです。
小林さんの後継者を育てること、制服コンテストのような取り組みで注目を集めることも大事ですが、やはり寿命60年といわれるソメイヨシノを倍の長さまで生かし続ける技による全国の桜どころへの支援こそ、弘前の名を高らしめるものだと思います。
ただ、昨年6月に小林さんとお話しした際には、報じられていた野田村の桜並木歩への支援についても具体化していないように聞こえましたので、まずは後継者育成というところにウェイトがあるように感じました。
ところで、唐突に桜守のことを取り上げたのは、選挙看板の件に対して市民が植えて守ってきた桜並木も看板で景観を損ねていると教えてくださる方から、その桜並木を写した動画を紹介していただいたからです。
この桜並木は千葉県八街(やちまた)市にあるのですが、延々と続く長さといい田園風景とマッチした景観といいすばらしいものですが、市民の方々の管理は続いているとはいえ1950年代の植樹ということで枝が高々と上に伸びている様子や樹勢からしても、本格的な手入れをしなければ今後も維持していくのは大変になってくるだろうと、聞きかじりの桜の知識しかない私にも思えるくらいでしたので、これに桜守の支援ができればよいのにと思ったところです。
野田村や八街市ばかりでなく、桜の名所を維持していくのに困っているところは全国数多くあるでしょうし、弘前方式での支援や技術伝授を希望するところを募って、数年ごとに巡回指導することができれば、それこそ格好のシティプロモーションにもなるでしょうし、その桜守による日本一の桜を見にいこうという機運を高めるのにもつながるはずです。
ちなみに、弘前の桜が桜まつりの人数だけではなく日本一すばらしい桜であることは、弘前市出身のジャーナリスト丸谷馨さんの日本一の桜(講談社現代新書)
に詳しく書かれていますので、特に地元の皆さんが観光客に魅力を伝えるためにも一読をお勧めします。
再起の暁には、全国からの要望を桜守チームにつなぐ役も果たしたいものだと思っていますので、全国からの情報もお待ちしております。
小林さんの後継者を育てること、制服コンテストのような取り組みで注目を集めることも大事ですが、やはり寿命60年といわれるソメイヨシノを倍の長さまで生かし続ける技による全国の桜どころへの支援こそ、弘前の名を高らしめるものだと思います。
ただ、昨年6月に小林さんとお話しした際には、報じられていた野田村の桜並木歩への支援についても具体化していないように聞こえましたので、まずは後継者育成というところにウェイトがあるように感じました。
ところで、唐突に桜守のことを取り上げたのは、選挙看板の件に対して市民が植えて守ってきた桜並木も看板で景観を損ねていると教えてくださる方から、その桜並木を写した動画を紹介していただいたからです。
この桜並木は千葉県八街(やちまた)市にあるのですが、延々と続く長さといい田園風景とマッチした景観といいすばらしいものですが、市民の方々の管理は続いているとはいえ1950年代の植樹ということで枝が高々と上に伸びている様子や樹勢からしても、本格的な手入れをしなければ今後も維持していくのは大変になってくるだろうと、聞きかじりの桜の知識しかない私にも思えるくらいでしたので、これに桜守の支援ができればよいのにと思ったところです。
野田村や八街市ばかりでなく、桜の名所を維持していくのに困っているところは全国数多くあるでしょうし、弘前方式での支援や技術伝授を希望するところを募って、数年ごとに巡回指導することができれば、それこそ格好のシティプロモーションにもなるでしょうし、その桜守による日本一の桜を見にいこうという機運を高めるのにもつながるはずです。
ちなみに、弘前の桜が桜まつりの人数だけではなく日本一すばらしい桜であることは、弘前市出身のジャーナリスト丸谷馨さんの日本一の桜(講談社現代新書)
再起の暁には、全国からの要望を桜守チームにつなぐ役も果たしたいものだと思っていますので、全国からの情報もお待ちしております。
2015年2月23日月曜日
コミュニティ・スクールで先を越される
今朝の東奥日報1面に、横浜町で学校運営協議会制度導入と大きく報じられていました。
堅い説明でわかりにくいのですが、青森県初のコミュニティ・スクール実現ということでして、セブンイレブンが出店していない空白区であることより、これが実現していない数少ない教育後進県という大問題だっただけに、まずは大学の先輩である柏谷教育長の英断に敬意を表しますが、前期の私だけでなく今期も菊池勲市議や佐藤哲市議が何度か取り上げてきたテーマだけに、何年たっても動きもしなかった弘前市教育委員会の怠慢に改めてガッカリしているところです。
コミュニティ・スクール(以下、CSと略)は、学校の運営に地域住民がかかわり、基本方針をともに策定したり地域活動に協力するばかりでなく、教育委員会に対して教員人事に希望を申し入れることもできるといったことが記事でも紹介されていましたが、もう一つ大事なのは専任のコーディネーターを置くことで学校と地域をつないで動かしていくエンジンができることでして、記事でも紹介されていた大館市城西小ではより安定した身分保障のために学校支援地域本部制度とあわせて導入して成果を上げているのは以前見分させていただいて、その重要さを知ったところです。
ちょうど数日前には、文部科学省が廃止された小規模校でも再開する道筋を示したとの記事があったように、地域の中核としての学校のポジションは再評価されてきており、これは小中再編をもくろんでいる市教委にも再考を免れないことだと思います。
その記事でも、ただ存続させるのではなく通学区の規制を緩和して広域に受け入れる体制づくりなどの条件があり、それだけ地域が協力理解していかなければ実現できないハードルも課せられているだけに、それこそCSの父である金子郁容先生が著書『コミュニティ・スクール構想』で紹介されていた徳島県美波町・伊座利小中の漁村留学のような取り組みが必要ですが、この学校がCS実践校であることはさらに大きな意味を持ってくると思います。
もうすぐ坊主が中学を卒業しますので、義務教育とのご縁も終わりとなるところですが、学校の小規模化と地域の人口減少という波を乗り越えていくには、規模縮小を余儀なくされる相馬総合支所頼みではなく地域の人間が学校を拠点として地域を守っていく方向でなければならないと思いますし、他の農村エリアでも同じことです。
これだけ、市として真剣にCS導入を考えてほしいと思うだけに、それを主張できる場に戻る必要を感じています。
堅い説明でわかりにくいのですが、青森県初のコミュニティ・スクール実現ということでして、セブンイレブンが出店していない空白区であることより、これが実現していない数少ない教育後進県という大問題だっただけに、まずは大学の先輩である柏谷教育長の英断に敬意を表しますが、前期の私だけでなく今期も菊池勲市議や佐藤哲市議が何度か取り上げてきたテーマだけに、何年たっても動きもしなかった弘前市教育委員会の怠慢に改めてガッカリしているところです。
コミュニティ・スクール(以下、CSと略)は、学校の運営に地域住民がかかわり、基本方針をともに策定したり地域活動に協力するばかりでなく、教育委員会に対して教員人事に希望を申し入れることもできるといったことが記事でも紹介されていましたが、もう一つ大事なのは専任のコーディネーターを置くことで学校と地域をつないで動かしていくエンジンができることでして、記事でも紹介されていた大館市城西小ではより安定した身分保障のために学校支援地域本部制度とあわせて導入して成果を上げているのは以前見分させていただいて、その重要さを知ったところです。
ちょうど数日前には、文部科学省が廃止された小規模校でも再開する道筋を示したとの記事があったように、地域の中核としての学校のポジションは再評価されてきており、これは小中再編をもくろんでいる市教委にも再考を免れないことだと思います。
その記事でも、ただ存続させるのではなく通学区の規制を緩和して広域に受け入れる体制づくりなどの条件があり、それだけ地域が協力理解していかなければ実現できないハードルも課せられているだけに、それこそCSの父である金子郁容先生が著書『コミュニティ・スクール構想』で紹介されていた徳島県美波町・伊座利小中の漁村留学のような取り組みが必要ですが、この学校がCS実践校であることはさらに大きな意味を持ってくると思います。
もうすぐ坊主が中学を卒業しますので、義務教育とのご縁も終わりとなるところですが、学校の小規模化と地域の人口減少という波を乗り越えていくには、規模縮小を余儀なくされる相馬総合支所頼みではなく地域の人間が学校を拠点として地域を守っていく方向でなければならないと思いますし、他の農村エリアでも同じことです。
これだけ、市として真剣にCS導入を考えてほしいと思うだけに、それを主張できる場に戻る必要を感じています。
2015年2月21日土曜日
岩木山豪雪まつりにラグビーを思う
成田専蔵珈琲店で珈琲にまつわる修故創新カフェトークを開催したのですが、あまりにも濃い内容だったので一日熟成させて報告することとして、そこから車を飛ばして「岩木山豪雪まつり」が開催されている嶽温泉・青少年スポーツセンターに向かいました。
すでに昼下がりで、一晩仕込んだ焼き鳥が売りきれるほどの人出もすでに去った後でしたが、見知った顔ぶれの出店からお昼をいただき、快情のもとで地元の皆さんと楽しく歓談しました。
その中で、当地で以前は明治大学・神戸製鋼といったラグビーの名門チームが合宿を張っていたことが話題となりましたので、今回はラグビーのことを取り上げたいと思います。
今は昔、大学ラグビーといえば早明戦が国立競技場を満員にしていた頃、北嶋忠治監督のもと快足ウィング吉田義人が主将を務めていた前後のメイジ最強の時代に、夏合宿はこのセンターで行われるようになり、それにつられて社会人最強の神戸製鋼なども合宿するようになり、わがワセダが合宿する長野県真田町(現上田市)の菅平と並ぶラグビー合宿のメッカとなったのでした。
菅平のある真田町には、施設見学で二度訪問したことがありますが、真田幸村で知られる真田氏発祥の地で当時の人口は12000人で、岩木町とは人口規模も津軽氏興隆の礎の地である歴史も重なるだけに、ラグビーでも共通項ができて比べるほど似た町同士だだったのですが、嶽でのラグビー合宿はいつしかなくなってしまい、さらにはともに合併して町が消えただけに、菅平との交流ははじまることもなく終わってしまいました。
新弘前市になってからラグビーが話題になることもなくなっていますが、2020年東京五輪の前年2019年にはラグビーW杯が日本で開催されます。
市では五輪合宿候補地に名乗りを上げていますが、岩木山総合運動公園を合宿地として検討するのであれば、前年のラグビーでも使っていただけるような整備とアピールをするべきだと思いますし、当時の合宿経験者がラグビー界で重要なポジションにいる可能性は高いのですから、(狸の皮算用ですが)五輪合宿地よりもトントン拍子に決まるはずです。
逆にW杯合宿地と決まれば、五輪合宿地としてもアドバンテージを得ることにつながるでしょうから、まず取り組むべきなのはラグビーだと思いますし、これであればJリーグをめざすブランデューやジュニア世代の代表選手を輩出するまでになったリベロの活動にも活用できると思いますので、プロ野球公式戦実現のためのはるか夢球場改修よりも波及効果があると思います。
今日の嶽からの岩木山を見ると、この山を見上げた選手たちが日本代表としてW杯で戦うのを夢見たくなります。
すでに昼下がりで、一晩仕込んだ焼き鳥が売りきれるほどの人出もすでに去った後でしたが、見知った顔ぶれの出店からお昼をいただき、快情のもとで地元の皆さんと楽しく歓談しました。
その中で、当地で以前は明治大学・神戸製鋼といったラグビーの名門チームが合宿を張っていたことが話題となりましたので、今回はラグビーのことを取り上げたいと思います。
今は昔、大学ラグビーといえば早明戦が国立競技場を満員にしていた頃、北嶋忠治監督のもと快足ウィング吉田義人が主将を務めていた前後のメイジ最強の時代に、夏合宿はこのセンターで行われるようになり、それにつられて社会人最強の神戸製鋼なども合宿するようになり、わがワセダが合宿する長野県真田町(現上田市)の菅平と並ぶラグビー合宿のメッカとなったのでした。
菅平のある真田町には、施設見学で二度訪問したことがありますが、真田幸村で知られる真田氏発祥の地で当時の人口は12000人で、岩木町とは人口規模も津軽氏興隆の礎の地である歴史も重なるだけに、ラグビーでも共通項ができて比べるほど似た町同士だだったのですが、嶽でのラグビー合宿はいつしかなくなってしまい、さらにはともに合併して町が消えただけに、菅平との交流ははじまることもなく終わってしまいました。
新弘前市になってからラグビーが話題になることもなくなっていますが、2020年東京五輪の前年2019年にはラグビーW杯が日本で開催されます。
市では五輪合宿候補地に名乗りを上げていますが、岩木山総合運動公園を合宿地として検討するのであれば、前年のラグビーでも使っていただけるような整備とアピールをするべきだと思いますし、当時の合宿経験者がラグビー界で重要なポジションにいる可能性は高いのですから、(狸の皮算用ですが)五輪合宿地よりもトントン拍子に決まるはずです。
逆にW杯合宿地と決まれば、五輪合宿地としてもアドバンテージを得ることにつながるでしょうから、まず取り組むべきなのはラグビーだと思いますし、これであればJリーグをめざすブランデューやジュニア世代の代表選手を輩出するまでになったリベロの活動にも活用できると思いますので、プロ野球公式戦実現のためのはるか夢球場改修よりも波及効果があると思います。
今日の嶽からの岩木山を見ると、この山を見上げた選手たちが日本代表としてW杯で戦うのを夢見たくなります。
2015年2月20日金曜日
朋あり、遠方より看板撤去の応援
2015マニフェストの中で必ずできることとして、「選挙用看板は立てません」と約束しましたが、思いがけず遠方から心強い応援がありました。
それは、埼玉県和光市の松本武洋市長で、
松本さんとは、市議村議時代からメルマガ議員仲間として交流させていただいていますが、特筆すべきはこれまでAmazon
でも5冊の著作が販売されていて、特に会計については随一の専門家です。
ところが、その専門性をひけらかすこともなく、まさに市民派として市民とともに活動しているのがBlogからも伝わりますし、一度行政視察後に会食させていただいた際にも実際の姿勢の様子を率直に伝える役割として友人である市民数人も招いてくれたり、採決では反対に回ることもある市議も共通の知人として声をかけてくれたりと、本当にオープンでフランクな人物です。
行政視察の案件は、議会改革と職員の人事評価でしたが、景観についても前向きに取り組んでいるのをこういう形で知り、副都心線開通でさらに便利になったベッドタウンが落ちついたたたずまいだったのを今さら思い出しているところです。
ひるがえって我が弘前市は、文化観光都市を標榜しながら、景観に配慮しているものとしては弘前公園周辺の自動販売機が茶色になっているくらいのもので、ほとんど何の規制もないと言っても過言ではありません。
日本を代表する観光都市・京都では、マクドナルドやコンビニの看板の色まで規制しているのが知られていますが、その京都らしい風情を備えた「小京都」と呼ばれる自治体で結成されている全国京都会議に弘前市は加盟しているのだそうですから、それならば名乗るだけでなくこういうことこそ真似していくべきだと思いますし、景観にかかわる条例を提案/議決する立場にある市長・市議こそ率先して選挙用看板を外すべきだと思うのです。
私は、約束どおり看板を立てませんが、私でない候補を支援する方にもこのことを頭の片隅に置いていただき、自分の応援する候補に「看板、いらないんじゃないの?」とつぶやいていただきたいと思います。
それは、埼玉県和光市の松本武洋市長で、
和光市では景観行政団体として、景観条例をつくり、建物の色規制などを行っています。景観については市民からのご意見も多いのです。しかし、色とりどりの政治看板やポスターがまちの美観を損ねているため、「まずは隗より…」ということで率先して看板をやめることにしたのです。とのことで、まさに私と同じ思いで市長自ら率先しての行動、さすがです。
松本さんとは、市議村議時代からメルマガ議員仲間として交流させていただいていますが、特筆すべきはこれまでAmazon
でも5冊の著作が販売されていて、特に会計については随一の専門家です。ところが、その専門性をひけらかすこともなく、まさに市民派として市民とともに活動しているのがBlogからも伝わりますし、一度行政視察後に会食させていただいた際にも実際の姿勢の様子を率直に伝える役割として友人である市民数人も招いてくれたり、採決では反対に回ることもある市議も共通の知人として声をかけてくれたりと、本当にオープンでフランクな人物です。
行政視察の案件は、議会改革と職員の人事評価でしたが、景観についても前向きに取り組んでいるのをこういう形で知り、副都心線開通でさらに便利になったベッドタウンが落ちついたたたずまいだったのを今さら思い出しているところです。
ひるがえって我が弘前市は、文化観光都市を標榜しながら、景観に配慮しているものとしては弘前公園周辺の自動販売機が茶色になっているくらいのもので、ほとんど何の規制もないと言っても過言ではありません。
日本を代表する観光都市・京都では、マクドナルドやコンビニの看板の色まで規制しているのが知られていますが、その京都らしい風情を備えた「小京都」と呼ばれる自治体で結成されている全国京都会議に弘前市は加盟しているのだそうですから、それならば名乗るだけでなくこういうことこそ真似していくべきだと思いますし、景観にかかわる条例を提案/議決する立場にある市長・市議こそ率先して選挙用看板を外すべきだと思うのです。
私は、約束どおり看板を立てませんが、私でない候補を支援する方にもこのことを頭の片隅に置いていただき、自分の応援する候補に「看板、いらないんじゃないの?」とつぶやいていただきたいと思います。
2015年2月8日日曜日
ふるさと納税の次に考えるべきこと
8月にふるさと納税の矛盾について論じましたが、ちょうど雪灯籠まつりにあわせて1万円以上の寄附者を対象にした抽選会が行われたことを地元紙が報じていました。
それによると、対象となったのは1,042名ということですから、単純に掛け算しても1,000万円を超える額になっていますので、昨年度の313万円からは少なくとも3倍以上になったのは間違いありません。
これでも制度を見直した意義はあると言えますが、上には上があって近いところではお隣大館市では今年度1億円を超えたということですので、まだまだ工夫が必要だとも思えます。
ところで、ふるさと納税の趣旨は出身者や弘前市を愛してくださる外部の方からの寄附を呼びこむことあるはずですが、この寄附者の中には市民も含まれているそうで、これは特定の事業を指定して納税するのと同じことになります。その問題点は前述したとおりですが、今のところ市で検討したことも議会で取り上げられたこともありません。
これに対して、埼玉県鶴ヶ島市ではTOWNTIPという市民向けSNSと連動して、登録している市民活動団体の活動に市民がポイントで応援した分が金額に換算されて寄附される仕組みを6年以上前から導入しており、私も在職中に視察して感嘆したことがあります。
SNSとの連動はさておき、鶴ヶ島市の市民活動を市政の事業に置き換えて、12月の年末調整の時期にあわせて市が単独で事業化しているものを列挙した書類を市民税納税額1万円以上の市民に対して送付し、このうちどれかを指定して寄附扱いにするかどうかを選択してもらうことにすれば、市民にとって自分が希望する事業が寄附によって実現できたとなれば市政に対する関心も高まると思います。
また、その額の多寡が市民がどんな事業に力を入れてほしいかのバロメーターであり評価ということにもなりますので、それをふまえて事業の継続・拡充もしくは廃止を検討していく形になれば、市民主権でのPDCAサイクル実現ということにもなりますので、葛西市政の根幹となるシステムまで昇華できるものだと思います。
ふるさと納税はブーム化していますが、それに乗って競争するより、その仕組みを市民に振り向けるベクトルの方が、弘前市の存在価値を高めることになると思いますので、必ずや提言していくつもりです。
それによると、対象となったのは1,042名ということですから、単純に掛け算しても1,000万円を超える額になっていますので、昨年度の313万円からは少なくとも3倍以上になったのは間違いありません。
これでも制度を見直した意義はあると言えますが、上には上があって近いところではお隣大館市では今年度1億円を超えたということですので、まだまだ工夫が必要だとも思えます。
ところで、ふるさと納税の趣旨は出身者や弘前市を愛してくださる外部の方からの寄附を呼びこむことあるはずですが、この寄附者の中には市民も含まれているそうで、これは特定の事業を指定して納税するのと同じことになります。その問題点は前述したとおりですが、今のところ市で検討したことも議会で取り上げられたこともありません。
これに対して、埼玉県鶴ヶ島市ではTOWNTIPという市民向けSNSと連動して、登録している市民活動団体の活動に市民がポイントで応援した分が金額に換算されて寄附される仕組みを6年以上前から導入しており、私も在職中に視察して感嘆したことがあります。
SNSとの連動はさておき、鶴ヶ島市の市民活動を市政の事業に置き換えて、12月の年末調整の時期にあわせて市が単独で事業化しているものを列挙した書類を市民税納税額1万円以上の市民に対して送付し、このうちどれかを指定して寄附扱いにするかどうかを選択してもらうことにすれば、市民にとって自分が希望する事業が寄附によって実現できたとなれば市政に対する関心も高まると思います。
また、その額の多寡が市民がどんな事業に力を入れてほしいかのバロメーターであり評価ということにもなりますので、それをふまえて事業の継続・拡充もしくは廃止を検討していく形になれば、市民主権でのPDCAサイクル実現ということにもなりますので、葛西市政の根幹となるシステムまで昇華できるものだと思います。
ふるさと納税はブーム化していますが、それに乗って競争するより、その仕組みを市民に振り向けるベクトルの方が、弘前市の存在価値を高めることになると思いますので、必ずや提言していくつもりです。
2015年2月3日火曜日
今冬最後の雪対策私論
今日は節分、暦の上では今冬最後の日ですし、これで最後になってくれればという思いで雪問題で考えなければならないことを述べておきます。
昨日の降雪で弘前市の積雪量は114cmとなり、青森市を30cm上回っているのだそうですが、近年では驚くことでもなくなるほど、大雪に見舞われ続けています。
それでも、この1週間は雪の日が少なく、各所で屋根の雪下ろしや排雪に励む姿を見かけましたが、気になるのは娘を送る際に桜ヶ丘団地から自衛隊に抜ける道路にある川にかかる橋から投雪するために軽トラックが並んでいるのを見かけることです。
岩木川と堀越どちらの雪捨て場でも距離があり、家の分の量なら大した迷惑にもならないという気持ちで近隣の人がやっていることだとは思いますが、河川に雪を捨ててはならないのは決まっていることであり、守ってもらわなくてはなりません。
守ってもらうためには、もう少し雪捨て場を増やして分散させる必要があると思いますが、場所を確保するとなると各方面に広い公共用地があるわけではありませんので、増やすとなると私有地を提供してくださる方と契約する必要に迫られることも考えられ、それがさらなる支出につながるだけに二の足を踏んでいるのだろうと推察します。
そこで考えなくてはならないのは、雪捨て場の有料化です。
実は、昨年3月に策定された「雪対策総合プラン」でも検討課題として明記されており、有料化に関する懇談会を設けるとされているだけでなく、雪捨て場に関していくつか提言があり、融雪機能を付設したスマートパーク、都市公園や学校の校庭を雪捨て場として活用、さらには民間雪捨て場に対する固定資産税減免といったことも上がっていますが、今のところ動きは見られないように思います。
農地や公園・校庭に関しては、箇所数を増やすのには手っ取り早いかも知れませんが、春先には消雪して本来の使用に向けられる必要があるだけに実際には効果的ではなくなる可能性もありますので、スマートパークや札幌市のような融雪機能のある雪捨て場というのは設置費用がかかるだけに、おいそれとは着手できないだろうと思います。
これらのことを考えあわせて、現実的対応として排泄量を抑制していくには有料化というのが一番妥当なところだと思います。
個人や事業所からの排雪に関してのみ有料とし、それを新たな雪捨て場確保や融雪設備設置のための財源に充てるとすれば、利用する市民にも納得してもらえると思いますし、このような動きが雪対策を我がこととして市民に考えてもらう契機にすることにもつながります。
雪の問題には、皆さん苦労しているだけに思いがあるでしょうから、ぜひご意見をお聞かせいただきたいと思います。
昨日の降雪で弘前市の積雪量は114cmとなり、青森市を30cm上回っているのだそうですが、近年では驚くことでもなくなるほど、大雪に見舞われ続けています。
それでも、この1週間は雪の日が少なく、各所で屋根の雪下ろしや排雪に励む姿を見かけましたが、気になるのは娘を送る際に桜ヶ丘団地から自衛隊に抜ける道路にある川にかかる橋から投雪するために軽トラックが並んでいるのを見かけることです。
岩木川と堀越どちらの雪捨て場でも距離があり、家の分の量なら大した迷惑にもならないという気持ちで近隣の人がやっていることだとは思いますが、河川に雪を捨ててはならないのは決まっていることであり、守ってもらわなくてはなりません。
守ってもらうためには、もう少し雪捨て場を増やして分散させる必要があると思いますが、場所を確保するとなると各方面に広い公共用地があるわけではありませんので、増やすとなると私有地を提供してくださる方と契約する必要に迫られることも考えられ、それがさらなる支出につながるだけに二の足を踏んでいるのだろうと推察します。
そこで考えなくてはならないのは、雪捨て場の有料化です。
実は、昨年3月に策定された「雪対策総合プラン」でも検討課題として明記されており、有料化に関する懇談会を設けるとされているだけでなく、雪捨て場に関していくつか提言があり、融雪機能を付設したスマートパーク、都市公園や学校の校庭を雪捨て場として活用、さらには民間雪捨て場に対する固定資産税減免といったことも上がっていますが、今のところ動きは見られないように思います。
農地や公園・校庭に関しては、箇所数を増やすのには手っ取り早いかも知れませんが、春先には消雪して本来の使用に向けられる必要があるだけに実際には効果的ではなくなる可能性もありますので、スマートパークや札幌市のような融雪機能のある雪捨て場というのは設置費用がかかるだけに、おいそれとは着手できないだろうと思います。
これらのことを考えあわせて、現実的対応として排泄量を抑制していくには有料化というのが一番妥当なところだと思います。
個人や事業所からの排雪に関してのみ有料とし、それを新たな雪捨て場確保や融雪設備設置のための財源に充てるとすれば、利用する市民にも納得してもらえると思いますし、このような動きが雪対策を我がこととして市民に考えてもらう契機にすることにもつながります。
雪の問題には、皆さん苦労しているだけに思いがあるでしょうから、ぜひご意見をお聞かせいただきたいと思います。
2015年1月29日木曜日
紙漉きを交流のつなぎ目に
今日の陸奥新報に「紙すきで卒業証書」の見出しを見つけて、毎年恒例の相馬中のことだと思いましたら、ユネスコ無形文化遺産にまで指定されている本美濃紙での美濃市牧谷小学校のことで、ニュースソースは時事通信配信のものでした。
ちなみに、相馬中での卒業証書づくりは、立地しているのが紙漉沢地区で、地名の由来は吉野から逃れてきた長慶天皇が吉野紙の漉き方を手ずからお伝えになったという伝説によるものでして、20年以上前からはじまって現在では地区集会所「紙漉の里」に工房が併設されていて、地区のお母さんたちの指導で体験することもできます。
この紙漉きで卒業証書づくりという取り組みは、近隣ではないことだけに珍しいのかと思っていたのですが、ネットで検索してみると8000件もヒットするほど全国の和紙産地では普通に行われていることのようで、逆に驚かされますし、これを足がかりにして交流というのは数が多すぎます。
それよりは、元々は吉野紙が紙漉沢伝説のもとなのですし、吉野千本で知られる桜の名所と日本一の桜まつりという共通項もありますから、その伝統の技法を学ぶ形での交流というのであれば理由づけができますし、何と吉野紙は漆を漉すのに使われるのだそうですので、昨日のメイドイン津軽の津軽塗に紙漉沢産の紙を使う形になれば、さらに地元感を高めることにもつなげられます。
一方、紙漉という地名で知られているのは、冨田の清水コのある紙漉町の方ですが、これも検索してみると名古屋市や鶴岡市・新庄市くらいしか見あたらず、実は珍しい町名だというのがわかります。
こちらの方が少ない分つなげやすい気はしますが、当時は紙漉職人が集められた町だったにしろ現在ではその跡形もない状況だけに、何のためにつなぐのかが見えないのが難点です。
こちらは、自治体間の交流よりも、清水コで汲んだ水を運んで紙漉の里で紙漉き体験をしてもらうとか、紙漉町にある文化幼稚園の子どもたちと紙漉沢にある相馬保育所との交流をするといった、地元での紙漉つながりを生かす交流を考えてもよいのかも知れません。
今回、こういうことを考えてみたのは、弘前市では現在姉妹都市として津軽藩つながりの群馬県太田市・北海道斜里町がありますが、旧岩木町の姉妹都市である北海道美瑛町とは民間レベルでの交流が続いているように、顔の見える関係があることが弘前を売りこむ上でも大事なことですので、地名でも歴史でもきっかけになるものは生かしていくべきだと思うからです。
その意味では、美瑛町との交流は自治体レベルでも復活させるべきですし、姉妹都市を持たなかった旧相馬村でも交流する地域があればうれしいことですので、吉野との交流や震災支援でご縁のできた同規模の野田村とのつながりづくりができればと思っています。
こういうことは一人で考えたり調べたりするよりも、多くの人からヒントをいただく方が楽しく情報も豊かになりますので、皆さんから○○つながりの情報いただけるとうれしいです。
ちなみに、相馬中での卒業証書づくりは、立地しているのが紙漉沢地区で、地名の由来は吉野から逃れてきた長慶天皇が吉野紙の漉き方を手ずからお伝えになったという伝説によるものでして、20年以上前からはじまって現在では地区集会所「紙漉の里」に工房が併設されていて、地区のお母さんたちの指導で体験することもできます。
この紙漉きで卒業証書づくりという取り組みは、近隣ではないことだけに珍しいのかと思っていたのですが、ネットで検索してみると8000件もヒットするほど全国の和紙産地では普通に行われていることのようで、逆に驚かされますし、これを足がかりにして交流というのは数が多すぎます。
それよりは、元々は吉野紙が紙漉沢伝説のもとなのですし、吉野千本で知られる桜の名所と日本一の桜まつりという共通項もありますから、その伝統の技法を学ぶ形での交流というのであれば理由づけができますし、何と吉野紙は漆を漉すのに使われるのだそうですので、昨日のメイドイン津軽の津軽塗に紙漉沢産の紙を使う形になれば、さらに地元感を高めることにもつなげられます。
一方、紙漉という地名で知られているのは、冨田の清水コのある紙漉町の方ですが、これも検索してみると名古屋市や鶴岡市・新庄市くらいしか見あたらず、実は珍しい町名だというのがわかります。
こちらの方が少ない分つなげやすい気はしますが、当時は紙漉職人が集められた町だったにしろ現在ではその跡形もない状況だけに、何のためにつなぐのかが見えないのが難点です。
こちらは、自治体間の交流よりも、清水コで汲んだ水を運んで紙漉の里で紙漉き体験をしてもらうとか、紙漉町にある文化幼稚園の子どもたちと紙漉沢にある相馬保育所との交流をするといった、地元での紙漉つながりを生かす交流を考えてもよいのかも知れません。
今回、こういうことを考えてみたのは、弘前市では現在姉妹都市として津軽藩つながりの群馬県太田市・北海道斜里町がありますが、旧岩木町の姉妹都市である北海道美瑛町とは民間レベルでの交流が続いているように、顔の見える関係があることが弘前を売りこむ上でも大事なことですので、地名でも歴史でもきっかけになるものは生かしていくべきだと思うからです。
その意味では、美瑛町との交流は自治体レベルでも復活させるべきですし、姉妹都市を持たなかった旧相馬村でも交流する地域があればうれしいことですので、吉野との交流や震災支援でご縁のできた同規模の野田村とのつながりづくりができればと思っています。
こういうことは一人で考えたり調べたりするよりも、多くの人からヒントをいただく方が楽しく情報も豊かになりますので、皆さんから○○つながりの情報いただけるとうれしいです。
2015年1月28日水曜日
メイドイン津軽の津軽塗を作ろう
今年最初の昴集会所開放事業は、一ワザ人にCasaico代表の葛西彩子さんにおこしいただき、単なる漆絵付けではなく蒔絵の入門編を体験させていただきました。
作業の前に漆の基礎知識をレクチャーしてくださったのですが、一番驚いたのは全国数ある塗り物の産地でも津軽のようにほぼ100%の世帯で津軽塗を使っているというようなところはないのだそうで、それだけ生活に根ざした伝統工芸をもっと誇っていいと思います。
ただ、以前こぎん刺しや津軽三味線の弦についてお知らせしたことがありましたが、こちら津軽塗の漆もほとんど中国から輸入しているものを使っているのだそうで、何とかできないものかと思います。
葛西さんによれば、日本の漆のほとんどは岩手県浄法寺地区で採られるのだそうで、直径20cm程度の太さまで育った木から6~9月の間に樹液を採って切り倒すという繰り返しなのだそうです。
その意味では、取り組めば数年後には津軽産の漆で津軽塗を作れるはずなのですが、それだけで生活が成り立つものでなく、浄法寺でも林業の傍らの作業だそうで、職人さんたちも高齢化してきているそうですから、何かと組み合わせないことにはおいそれと転業や起業を勧められるものではありません。
そこで考えたいのは、津軽産の漆が採れるようになり津軽塗職人が待ちかまえる体制が取れるようになっても、その漆を塗るための器を作る木地師もいないそうですので、浄法寺のように林業だけでなく切った木から器を作るところまで取り組む林業の6次産業化に漆採取も組みこむような起業です。
これを綿密にマーケティングして、それぞれの分野でどれだけの生産が必要なのかを見極め、できるだけ事業者だけで起業から経営まで成り立たせていけるようにしていくことができれば、文句なしにメイドイン津軽の津軽塗が生み出されることになります。
先日ライブに来てくれた松本ハウスさんへのお礼も津軽塗のマイクだったように、生活用品であるとともに津軽を象徴する伝統工芸なのですから、今よりも少しずつでもメイドイン津軽の比率を増やしていくような地道な取り組みからでも動いていくように働きかけたいと思います。
作業の前に漆の基礎知識をレクチャーしてくださったのですが、一番驚いたのは全国数ある塗り物の産地でも津軽のようにほぼ100%の世帯で津軽塗を使っているというようなところはないのだそうで、それだけ生活に根ざした伝統工芸をもっと誇っていいと思います。
ただ、以前こぎん刺しや津軽三味線の弦についてお知らせしたことがありましたが、こちら津軽塗の漆もほとんど中国から輸入しているものを使っているのだそうで、何とかできないものかと思います。
葛西さんによれば、日本の漆のほとんどは岩手県浄法寺地区で採られるのだそうで、直径20cm程度の太さまで育った木から6~9月の間に樹液を採って切り倒すという繰り返しなのだそうです。
その意味では、取り組めば数年後には津軽産の漆で津軽塗を作れるはずなのですが、それだけで生活が成り立つものでなく、浄法寺でも林業の傍らの作業だそうで、職人さんたちも高齢化してきているそうですから、何かと組み合わせないことにはおいそれと転業や起業を勧められるものではありません。
そこで考えたいのは、津軽産の漆が採れるようになり津軽塗職人が待ちかまえる体制が取れるようになっても、その漆を塗るための器を作る木地師もいないそうですので、浄法寺のように林業だけでなく切った木から器を作るところまで取り組む林業の6次産業化に漆採取も組みこむような起業です。
これを綿密にマーケティングして、それぞれの分野でどれだけの生産が必要なのかを見極め、できるだけ事業者だけで起業から経営まで成り立たせていけるようにしていくことができれば、文句なしにメイドイン津軽の津軽塗が生み出されることになります。
先日ライブに来てくれた松本ハウスさんへのお礼も津軽塗のマイクだったように、生活用品であるとともに津軽を象徴する伝統工芸なのですから、今よりも少しずつでもメイドイン津軽の比率を増やしていくような地道な取り組みからでも動いていくように働きかけたいと思います。
2015年1月26日月曜日
経費節減だけでなく適正化も必要です
昨日は昴集会所の屋根雪下ろしに町会総出でいそしみ、終わってからの反省会で気持ちよく酔いましたが、建物そのものは市の財産ですので、町会が業務委託を受けた形で実施しています。
2年前までは業者に委託していたのですが、雪を下ろすだけでファンヒーターの排気口をふさいだままにしていったので文句をつけたところ、「そんな作業までは頼まれていないし、こんな安い委託料でそこまでやる義理はない」とほざいたので、町会でほとんど使っている建物でもあるし安くても町会でやる形ではどうかと市民協働政策課と話し合って昨年度から受託しています。
町会の中でも、この作業量をそんな安い額で請け負うのは割に合わないという声もありますが、町会でやるべきことで反省会を開く分の収入になっているのだから納得してほしいと、町会長として説明に努めているところです。
それはさておき、件の業者にしろ町会の声にしても安すぎるということでは共通した意見ですし、村の時代にスキーチームの活動資金獲得のためにプール清掃や雪下ろしをやらせてもらったのと比べても安いと、実は私も思っています。
市の財政から見れば経費節減したことになるとは思いますが、作業に見合った額でなければ請け負う業者がなくなる懸念も考えられますし、もっと高額な委託契約のものでも赤字覚悟で入札に臨んでいると聞いたこともありましたので、削る方向だけではなく適正なのかを仕分ける必要があると思います。
これには、適正な人件費などを保証するために公契約条例を制定している千葉県野田市などの先進事例もありますので、弘前市でも検討していくべきです。
津軽百年食堂条例を提言した際には、違う業種の方からお叱りをいただきましたが、これは市と契約するすべての業種にかかわることですし、喜んでもらえる提言だとも思っています。
この契約の適正化については、もっと情報があればと思っていますので、これはおかしいと思っている方はぜひお知らせいただきたいと思います。
2年前までは業者に委託していたのですが、雪を下ろすだけでファンヒーターの排気口をふさいだままにしていったので文句をつけたところ、「そんな作業までは頼まれていないし、こんな安い委託料でそこまでやる義理はない」とほざいたので、町会でほとんど使っている建物でもあるし安くても町会でやる形ではどうかと市民協働政策課と話し合って昨年度から受託しています。
町会の中でも、この作業量をそんな安い額で請け負うのは割に合わないという声もありますが、町会でやるべきことで反省会を開く分の収入になっているのだから納得してほしいと、町会長として説明に努めているところです。
それはさておき、件の業者にしろ町会の声にしても安すぎるということでは共通した意見ですし、村の時代にスキーチームの活動資金獲得のためにプール清掃や雪下ろしをやらせてもらったのと比べても安いと、実は私も思っています。
市の財政から見れば経費節減したことになるとは思いますが、作業に見合った額でなければ請け負う業者がなくなる懸念も考えられますし、もっと高額な委託契約のものでも赤字覚悟で入札に臨んでいると聞いたこともありましたので、削る方向だけではなく適正なのかを仕分ける必要があると思います。
これには、適正な人件費などを保証するために公契約条例を制定している千葉県野田市などの先進事例もありますので、弘前市でも検討していくべきです。
津軽百年食堂条例を提言した際には、違う業種の方からお叱りをいただきましたが、これは市と契約するすべての業種にかかわることですし、喜んでもらえる提言だとも思っています。
この契約の適正化については、もっと情報があればと思っていますので、これはおかしいと思っている方はぜひお知らせいただきたいと思います。
2015年1月21日水曜日
武道に真剣に取り組もう
昨日一番驚いたのは、青森市出身の柔道家であり五輪連覇を果たした斉藤仁さんが54歳の若さで亡くなったというニュースでした。
ちょうど昨夜の通夜で、相馬には珍しく柔道でならした清野一栄市議と隣り合ったので話を振ってみましたら、10歳下で中3の斉藤少年に稽古をつけたことがあったそうでして、とても投げられなかったと当時から断然の実力だったと懐かしがるとともに、金メダルの際には県下でも柔道をするチビッコが増えて目標とする選手が登場する効果の絶大さを語っていましたが、私たちの時期には柔道部もあった相馬中でも廃部になって久しいように、柔道人口も減り続けています。
それにもかかわらず、復古主義の安倍政権の思惑で武道の必修化が進められ、相馬中では一度は取り壊した柔道場を再建する工事が行われただけに、つくったからには活用しなければならないので、武道に真剣に取り組む必要があると思います。
実は、武道のことは古武術への関心からいつか論じようと思っていたのですが、そのきっかけをつくってくださった加川康之さんも昨秋急逝されたのに重ねてのできごとだけに、このお二人の無念を思っても、何とかしたいものです。
私としては、弘前の歴史に根ざした古武術を学ぶことが第一だと思うのですが、今は復興に向けて歩み出したところだけに長い目で取り組んでいくこととして、短期もしくは中期的には柔道ということになります。
ただ、一栄さんが言うとおり大学のカリキュラムで付け焼き刃に習った程度で授業で教えるというのでは先生も大変でしょうし、子どもたちにも本物の柔道のすごさや礼に始まり礼に終わるという武道の基本にふれることにならないのでは、本当の意味での学びにはならないと思います。
そこで、学校単位でPTAのお父さんや地域のおじさんの中で柔道経験者をピックアップし、授業の際に指導してもらうようにお願いするとともに、逆に当時のスパルタ式の体育会系体質がしみこんだ方々に今スポーツや体育教育に求められているものを理解してもらう事前講習などを行えば、子どもたちにも大人にも実になる機会となると思います。
こういうことを考えても、教育に地域がかかわることでできることがありますし、そのことで変えていけるものがあると思っています。
ちょうど昨夜の通夜で、相馬には珍しく柔道でならした清野一栄市議と隣り合ったので話を振ってみましたら、10歳下で中3の斉藤少年に稽古をつけたことがあったそうでして、とても投げられなかったと当時から断然の実力だったと懐かしがるとともに、金メダルの際には県下でも柔道をするチビッコが増えて目標とする選手が登場する効果の絶大さを語っていましたが、私たちの時期には柔道部もあった相馬中でも廃部になって久しいように、柔道人口も減り続けています。
それにもかかわらず、復古主義の安倍政権の思惑で武道の必修化が進められ、相馬中では一度は取り壊した柔道場を再建する工事が行われただけに、つくったからには活用しなければならないので、武道に真剣に取り組む必要があると思います。
実は、武道のことは古武術への関心からいつか論じようと思っていたのですが、そのきっかけをつくってくださった加川康之さんも昨秋急逝されたのに重ねてのできごとだけに、このお二人の無念を思っても、何とかしたいものです。
私としては、弘前の歴史に根ざした古武術を学ぶことが第一だと思うのですが、今は復興に向けて歩み出したところだけに長い目で取り組んでいくこととして、短期もしくは中期的には柔道ということになります。
ただ、一栄さんが言うとおり大学のカリキュラムで付け焼き刃に習った程度で授業で教えるというのでは先生も大変でしょうし、子どもたちにも本物の柔道のすごさや礼に始まり礼に終わるという武道の基本にふれることにならないのでは、本当の意味での学びにはならないと思います。
そこで、学校単位でPTAのお父さんや地域のおじさんの中で柔道経験者をピックアップし、授業の際に指導してもらうようにお願いするとともに、逆に当時のスパルタ式の体育会系体質がしみこんだ方々に今スポーツや体育教育に求められているものを理解してもらう事前講習などを行えば、子どもたちにも大人にも実になる機会となると思います。
こういうことを考えても、教育に地域がかかわることでできることがありますし、そのことで変えていけるものがあると思っています。
2015年1月17日土曜日
大震災に弘前は何ができるか
1995年1月17日の阪神・淡路大震災から20年がたちました。6,000名を超える犠牲者の方々に改めてご冥福をお祈りいたします。
東日本大震災や市としての防災について何度か述べてきましたが、この日にあわせて支援する側としての備えのことを論じてみたいと思います。
阪神大震災の際、私は介護福祉士を養成する専門学校の教員でしたが、福祉施設や行事に学生をボランティアとして送り出す立場であったものの震災にボランティアという発想もなく、学内での募金の取りまとめをするので終わってしまいました。
5月に京都でのスクーリングの際に尼ヶ崎の先進的な施設見学とあわせて神戸まで足を伸ばしましたが、神戸に向かって進んでいくほどにブルーシートが屋根がわりにかけられている数が増えていき、神戸のど真ん中が崩れ去っているのを見て愕然としたのを覚えています。
続く2004年の中越地震の際は、勉強させていただいていた施設が長岡市にあり、孤立した山古志村と同じ状況になる可能性のある集落を村内に抱えているだけに人ごととは思えず、直後に職員を派遣しましたが、自分で足を運ぶことはなく終わりました。
これは個人的な振り返りですが、当時の相馬村でも弘前市でも震災支援で動いたということはなかったと思います。
そして2011年の東日本大震災では、当初は動きが悪かったものの市と弘大と市社協が協働してボランティアを集める体制が4月にはできあがり、弘前方式とまで賞賛された野田村への集中的な支援を8月まで行い、現在でも月1回ペースでの交流を続けていることで、村の皆さんから感謝されています。
これがきっかけとなって、弘大にはボランティアセンターが設置されてイベントや雪かきにも出動していますし、市のボランティア支援センターでも台風18号などで市民が市民を助ける活動を展開しています。
阪神大震災から20年、東日本大震災からもうすぐ4年となりますが、こうしてみると市としての支援力は格段に高まったといえますが、取り組むべきことが二つあると思います。
一つは、防災マイスターまでの日数をかけないまでもボランティアとして活動するための基本を身につけられる養成講座を一人でも多くの市民に受講してもらう体制づくりです。弘大では公開講座を開催していますが、より幅広く伝わるような機会を市としてつくっていくべきだと思います。
もう一つは、東日本大震災では野田村に行った対口支援を、次に起こるであろう首都圏や南海大地震に備えて、広域支援連携する自治体を決めておくことです。関東には群馬県太田市という姉妹都市がありますが、内陸に位置しているだけに沿岸部ほどの被害にはならないと思いますので、新たに考えることになります。
私見では、奥羽越列藩同盟から脱して新政府側に寝返った津軽藩救援のために最後の藩主・承昭公の実家である熊本藩兵を乗せたハーマン号が遭難した千葉県勝浦市で慰霊や引き揚げの取り組みがあるそうですので、これをご縁に交流と広域支援の連携を進めるのがよいと思っています。
この4年、震災支援に取り組んできた者として、弘前市としてできることには積極的に意見していくつもりです。
東日本大震災や市としての防災について何度か述べてきましたが、この日にあわせて支援する側としての備えのことを論じてみたいと思います。
阪神大震災の際、私は介護福祉士を養成する専門学校の教員でしたが、福祉施設や行事に学生をボランティアとして送り出す立場であったものの震災にボランティアという発想もなく、学内での募金の取りまとめをするので終わってしまいました。
5月に京都でのスクーリングの際に尼ヶ崎の先進的な施設見学とあわせて神戸まで足を伸ばしましたが、神戸に向かって進んでいくほどにブルーシートが屋根がわりにかけられている数が増えていき、神戸のど真ん中が崩れ去っているのを見て愕然としたのを覚えています。
続く2004年の中越地震の際は、勉強させていただいていた施設が長岡市にあり、孤立した山古志村と同じ状況になる可能性のある集落を村内に抱えているだけに人ごととは思えず、直後に職員を派遣しましたが、自分で足を運ぶことはなく終わりました。
これは個人的な振り返りですが、当時の相馬村でも弘前市でも震災支援で動いたということはなかったと思います。
そして2011年の東日本大震災では、当初は動きが悪かったものの市と弘大と市社協が協働してボランティアを集める体制が4月にはできあがり、弘前方式とまで賞賛された野田村への集中的な支援を8月まで行い、現在でも月1回ペースでの交流を続けていることで、村の皆さんから感謝されています。
これがきっかけとなって、弘大にはボランティアセンターが設置されてイベントや雪かきにも出動していますし、市のボランティア支援センターでも台風18号などで市民が市民を助ける活動を展開しています。
阪神大震災から20年、東日本大震災からもうすぐ4年となりますが、こうしてみると市としての支援力は格段に高まったといえますが、取り組むべきことが二つあると思います。
一つは、防災マイスターまでの日数をかけないまでもボランティアとして活動するための基本を身につけられる養成講座を一人でも多くの市民に受講してもらう体制づくりです。弘大では公開講座を開催していますが、より幅広く伝わるような機会を市としてつくっていくべきだと思います。
もう一つは、東日本大震災では野田村に行った対口支援を、次に起こるであろう首都圏や南海大地震に備えて、広域支援連携する自治体を決めておくことです。関東には群馬県太田市という姉妹都市がありますが、内陸に位置しているだけに沿岸部ほどの被害にはならないと思いますので、新たに考えることになります。
私見では、奥羽越列藩同盟から脱して新政府側に寝返った津軽藩救援のために最後の藩主・承昭公の実家である熊本藩兵を乗せたハーマン号が遭難した千葉県勝浦市で慰霊や引き揚げの取り組みがあるそうですので、これをご縁に交流と広域支援の連携を進めるのがよいと思っています。
この4年、震災支援に取り組んできた者として、弘前市としてできることには積極的に意見していくつもりです。
2015年1月15日木曜日
本物の緊急時情報案内人を養成しよう
新聞などでの告知の前に、市の防災安全課を通じて案内がきていたのですが、参加者は約20名と定員の半分にも達せず、中にはYouTubeを知らないという人もいるくらいの年齢層の高さでした。
さらに、講師3人とも旧知のメンバーでしたが、内容としては情報案内人を育成するというより緊急時情報とは何かをわかりやすく説明するレベルでしたので、4年前よりも行政やメディアの情報発信力は上がっているものの、県が緊急時情報力強化推進方針で掲げた5つのレベルのうち4・5にあたる「自ら情報を発信する」「情報でみんなを支える」を大震災直後に取り組んだ立場としては拍子抜けの講座でした。
先日、防災マイスターのことにふれたばかりですが、この人たちこそ最低限このレベルの情報力を持っていないといけませんし、県が基礎レベルの内容であるなら市で実際に機能するレベルの応用講座を開催するくらいの気概が必要だと思います。
先ほどふれたように、「自ら情報を発信する」ツールとしてTwitterが取り上げられていましたが、文面で公式リツイートといわれてもわからないでしょうから、事前にアカウントを取得しておいてもらって、その場でリツイートしてみるといった作業を組み入れて体験してもらうとか、実名登録でリアルな人間関係がメインとなっているFacebookでの情報拡散の方法を提案するといった、大震災から4年間での進化をふまえた内容を身につけてもらうべきだと思います。
また、こういったリテラシーを持っている若い世代は多いのですが、それを災害時にパブリックに生かしてもらうために、市のFacebookページで講座を案内したり、Facebookユーザーでの新年会に出向いて参加を呼びかけるといったことも行って、旧世代ではおぼつかないことを若い世代に担ってもらう工夫も必要です。
災害で直接の被害を受ける一次被害、その影響で生活に必要なものが手に入りにくくなるといった二次被害、さらに必要なものがどこにあるのかわからずに困る三次被害、一番多くの人が振り回されるのが情報不足による被害なのですから、多くの人に基礎的な情報力を身につけてもらうとともに、リーダーたる人材には機能できるレベルで情報案内人となる仕組みを整えていくべきだと思います。
2015年1月14日水曜日
予算策定の「見える化」を求めます
雪も一段落して久々に岩木山頂まで澄み渡る冬晴れの一日ですが、市役所内部では予算策定の最終コーナーにさしかかっていることと思います。
「思います」と書いたように、弘前市では予算策定の作業状況は公開されていませんが、ネットで検索すれば石川県加賀市・北海道釧路市など「見える化」に取り組んでいる自治体は、少ないながらも増えてきているのがわかります。
このことに関しては、在職中も質問で取り上げたとこがあったのですがBlogなどでは残しておらず、今回のBlogでも決算の仕分けについては何度も書き連ねながらもふれていませんでしたので、ここで論じておきたいと思います。
加賀市の例を見ますと、10月中旬から予算策定作業に入り、外部評価を経て予算要求が行われ、これに市民からの意見募集をしながら財政担当の調整から最終予算案へと進んでいく過程をすべてオープンにしています。
この「見える化」のメリットは、どの段階で予算額や事業そのものが増減したのかが明らかになるので、予算の透明性が高まるのはもちろん、その妥当性を問うことがしやすくなり、それだけ議員としても事業の概要などといった入口の質問ではなく事業の適正さや成果指標といった政策的な内容で切りこむレベルが求められます。
弘前市議会では、予算決算特別委員会において下らない質問が多いのを逆手にとって質問時間制限という自らの首を絞めるマネをしていますが、市の側で先手を打って概要ばかりでなく情報公開していれば自ずと聞くまでもないという流れになるわけですし、議会の側からこそ「見える化」を求めていくべきなのですが、そのような動きは見られずに終わりそうです。
もう一つには、一旦議会に提案してしまうと片言たりとも修正をさせない雰囲気で臨むことになる(これ自体も問題だと思っていますが)だけに、作業過程であれば有益な意見や指摘も柔軟に取り入れることがしやすいと思いますので、よりよい予算づくりの面からも必要なことですし、何より現在は蚊帳の外に置かれている市民が意見できるというのが我がこととしての予算という意識づけにつながるはずですから、大事な仕組みなのです。
私からすれば、決算での仕分けと予算の「見える化」がセットになってこそ、PDCAサイクルでの行政運営と言えると思うのですが、このどちらも前向きな答弁をもらえず、さらに4年たっても取り入れられないということからすれば、本当にマニフェスト型の姿勢をめざしているのか疑問符がつきます。
それだけに、当選の暁には強く求めていくつもりですが、決算の仕分けは議員個人でも各課を回って取り組むことができるのに対し、予算の「見える化」は市の側が動かない限り変わらないだけに、実現を約束できるものではありません。
実現するには、それだけの市民の関心や声が必要だと思いますので、ぜひご理解と応援をいただきたいと思います。
「思います」と書いたように、弘前市では予算策定の作業状況は公開されていませんが、ネットで検索すれば石川県加賀市・北海道釧路市など「見える化」に取り組んでいる自治体は、少ないながらも増えてきているのがわかります。
このことに関しては、在職中も質問で取り上げたとこがあったのですがBlogなどでは残しておらず、今回のBlogでも決算の仕分けについては何度も書き連ねながらもふれていませんでしたので、ここで論じておきたいと思います。
加賀市の例を見ますと、10月中旬から予算策定作業に入り、外部評価を経て予算要求が行われ、これに市民からの意見募集をしながら財政担当の調整から最終予算案へと進んでいく過程をすべてオープンにしています。
この「見える化」のメリットは、どの段階で予算額や事業そのものが増減したのかが明らかになるので、予算の透明性が高まるのはもちろん、その妥当性を問うことがしやすくなり、それだけ議員としても事業の概要などといった入口の質問ではなく事業の適正さや成果指標といった政策的な内容で切りこむレベルが求められます。
弘前市議会では、予算決算特別委員会において下らない質問が多いのを逆手にとって質問時間制限という自らの首を絞めるマネをしていますが、市の側で先手を打って概要ばかりでなく情報公開していれば自ずと聞くまでもないという流れになるわけですし、議会の側からこそ「見える化」を求めていくべきなのですが、そのような動きは見られずに終わりそうです。
もう一つには、一旦議会に提案してしまうと片言たりとも修正をさせない雰囲気で臨むことになる(これ自体も問題だと思っていますが)だけに、作業過程であれば有益な意見や指摘も柔軟に取り入れることがしやすいと思いますので、よりよい予算づくりの面からも必要なことですし、何より現在は蚊帳の外に置かれている市民が意見できるというのが我がこととしての予算という意識づけにつながるはずですから、大事な仕組みなのです。
私からすれば、決算での仕分けと予算の「見える化」がセットになってこそ、PDCAサイクルでの行政運営と言えると思うのですが、このどちらも前向きな答弁をもらえず、さらに4年たっても取り入れられないということからすれば、本当にマニフェスト型の姿勢をめざしているのか疑問符がつきます。
それだけに、当選の暁には強く求めていくつもりですが、決算の仕分けは議員個人でも各課を回って取り組むことができるのに対し、予算の「見える化」は市の側が動かない限り変わらないだけに、実現を約束できるものではありません。
実現するには、それだけの市民の関心や声が必要だと思いますので、ぜひご理解と応援をいただきたいと思います。
2015年1月9日金曜日
雪対策だけでなく、雪を生かす工夫を
あまりの雪続きで、新年になってから岩木山を見た記憶もない気がしていましたが、雪がやんで過ぎた一日の夕方に百沢スキー場のナイターの灯りがようやく見えました。
市民生活からすると雪対策が最優先なのは昨日もふれたとおりですが、これだけ降る雪を生かす工夫をしていかなければ、冬が単に耐え忍ぶだけの季節に終わってしまうだけに、今回は雪活用について述べたいと思います。
まずは、先にふれたスキーのことですが、百沢スキー場を運営管理するための岩木山観光特別会計の赤字そして数年来続いているカラ財源での対応という財政面での問題が現場にも影響を及ぼして、ナイターが週4日しか行われなくなったばかりか、そのとばっちりを受けてロマントピアスキー場も横並びで週4日とされてしまいました。
一般のスキーヤーにも影響の大きい変更でしたが、小中学校でアルペン競技に励むちびっ子レーサーにとっては、ジプシーのように日ごとに練習先を変えなければならないばかりか、百沢ではコース整備が追いつかなかったりロマントピアでは混雑でポールを立てての練習ができなかったりと、これで上達するのが難しい状況に置かれていて、それが如実に成績に現れ、スキーをがんばってみようという気を失わせる形になっています。
相馬中スキー部史上一番へたくそと自他ともに認める私ですが、前後に5人の五輪選手がいるだけに、次の希望を抱かせる後輩出現の期待が持てないのは残念でなりませんし、市にとっても力を入れさえすれば一番オリンピックに近いはずの冬の競技をないがしろにしているのは納得がいきません。
弥生リゾートのようなバカげたことをしなくても、ロマントピアからでも五輪選手は輩出できるのですから、今ある環境を最大限活用しながら、新たな指導体制や新種目へのチャレンジによって切り開ける道があると思うのです。
もう一つは、岩木山に代表される冬山を抱えているのをスポーツばかりでなく観光に生かすことです。
ちょうど、西目屋村が海外向けに冬の白神山地をPRするという報道がありましたが、これと連動するどころか本家本元はこちらというくらいの勢いで扱ってもらう努力をすべきだと思います。
スキーの話に戻ってしまいますが、白神山地ではできない春スキーという武器が岩木山にはあるだけでなく、以前は冬に大自然のコースで競う弾丸滑降大会があったように生かせる形はいくらでも考えられるはずですし、2月に行われる岩木山南麓豪雪まつりといったイベントではない観光も検討すべき課題です。
雪対策と雪活用、どちらも弘前にとって大事なテーマとして、もっと真剣に向き合う必要を改めて感じるこの冬です。
市民生活からすると雪対策が最優先なのは昨日もふれたとおりですが、これだけ降る雪を生かす工夫をしていかなければ、冬が単に耐え忍ぶだけの季節に終わってしまうだけに、今回は雪活用について述べたいと思います。
まずは、先にふれたスキーのことですが、百沢スキー場を運営管理するための岩木山観光特別会計の赤字そして数年来続いているカラ財源での対応という財政面での問題が現場にも影響を及ぼして、ナイターが週4日しか行われなくなったばかりか、そのとばっちりを受けてロマントピアスキー場も横並びで週4日とされてしまいました。
一般のスキーヤーにも影響の大きい変更でしたが、小中学校でアルペン競技に励むちびっ子レーサーにとっては、ジプシーのように日ごとに練習先を変えなければならないばかりか、百沢ではコース整備が追いつかなかったりロマントピアでは混雑でポールを立てての練習ができなかったりと、これで上達するのが難しい状況に置かれていて、それが如実に成績に現れ、スキーをがんばってみようという気を失わせる形になっています。
相馬中スキー部史上一番へたくそと自他ともに認める私ですが、前後に5人の五輪選手がいるだけに、次の希望を抱かせる後輩出現の期待が持てないのは残念でなりませんし、市にとっても力を入れさえすれば一番オリンピックに近いはずの冬の競技をないがしろにしているのは納得がいきません。
弥生リゾートのようなバカげたことをしなくても、ロマントピアからでも五輪選手は輩出できるのですから、今ある環境を最大限活用しながら、新たな指導体制や新種目へのチャレンジによって切り開ける道があると思うのです。
もう一つは、岩木山に代表される冬山を抱えているのをスポーツばかりでなく観光に生かすことです。
ちょうど、西目屋村が海外向けに冬の白神山地をPRするという報道がありましたが、これと連動するどころか本家本元はこちらというくらいの勢いで扱ってもらう努力をすべきだと思います。
スキーの話に戻ってしまいますが、白神山地ではできない春スキーという武器が岩木山にはあるだけでなく、以前は冬に大自然のコースで競う弾丸滑降大会があったように生かせる形はいくらでも考えられるはずですし、2月に行われる岩木山南麓豪雪まつりといったイベントではない観光も検討すべき課題です。
雪対策と雪活用、どちらも弘前にとって大事なテーマとして、もっと真剣に向き合う必要を改めて感じるこの冬です。
2015年1月7日水曜日
そういえば、iPad問題
昨日、青森市の中田靖人市議が五所川原市議会に足を運んで、タブレット導入について勉強してきたことをBlogで報告していました。直接の面識はありませんが、その行動力に感心させられる議員の一人です。
おかげで、前回の在職中に電子機器持ちこみで陳謝したりiPad持ちこみが実現寸前で頓挫したことなどを思い出しましたので、振り返りながら今後について述べたいと思います。
8年前に当選した際には、私は携帯電話とは別にソニーから発売されていたClieというPalmOSで動くPDA=Personal Digital Assistance を使っており、相馬村議会では問題とされたことがありませんので、何とも思わず市議会でも使っていたのですが、2回目の定例会の際に事務局から注意を受け、その後は手書き文字をデジタル保存する機器に切り替えたのを、当時目の敵にされていた最大会派の市議に見とがめられ、陳謝するはめになりました。
その後はおとなしくしていたのですが、葛西市長当選によって会派のパワーバランスが変わり、そこに記者は傍聴席でPCを使用するのを許可するということもありましたので、ちょうど登場したiPadならばキーを叩く音もしないしWifiのみであれば議場でネット接続することもできないので、記録とデータ確認の用途に限定できるので許可してほしいと会派代表者会議にはかりました。
ここで実現すれば画期的な一歩となったのですが、最大会派の会長も大いに賛同どころか後押しまでしてくれたのですが、第二会派が唯一反対したため全会一致とならないものは実現しない不文律にはばまれiPad持ちこみは水泡に帰したのでした。
今期の議会改革特別委員会では、この件は議題にも取り上げられなかったようですし、それどころか傍聴者には携帯の電源を切ることを強要するような逆行が平然と行われていますので、情報に対する取り組みでは遅れに遅れているといわざるを得ない状況です。
中田市議によれば、五所川原市議会ではタブレット導入によってペーパーレス化を進めて一人あたり年間50万円の経費節減につながると説明を受けたそうで、青森市議会でも早急に動きたいとまとめていましたが、デジタル化したデータが用意されることは、予算などの前年対比が簡単に行えるようになるメリットも出てきますので、導入しないでいる方がおかしいと思います。
これによって、市民向けにデータを配布・ダウンロードということも可能になりますし、わざわざ予算・決算書を財務政策課から借り受けて傍聴するという手間も省けますので、市民への情報公開のためにも必要な取り組みです。
こうして考えると、市民のためにも時代のニーズに沿った議会であるためにも大事なことだと改めて思いますので、これもぜひ当選の暁には実現に向けて主張していきたいと思います。
おかげで、前回の在職中に電子機器持ちこみで陳謝したりiPad持ちこみが実現寸前で頓挫したことなどを思い出しましたので、振り返りながら今後について述べたいと思います。
8年前に当選した際には、私は携帯電話とは別にソニーから発売されていたClieというPalmOSで動くPDA=Personal Digital Assistance を使っており、相馬村議会では問題とされたことがありませんので、何とも思わず市議会でも使っていたのですが、2回目の定例会の際に事務局から注意を受け、その後は手書き文字をデジタル保存する機器に切り替えたのを、当時目の敵にされていた最大会派の市議に見とがめられ、陳謝するはめになりました。
その後はおとなしくしていたのですが、葛西市長当選によって会派のパワーバランスが変わり、そこに記者は傍聴席でPCを使用するのを許可するということもありましたので、ちょうど登場したiPadならばキーを叩く音もしないしWifiのみであれば議場でネット接続することもできないので、記録とデータ確認の用途に限定できるので許可してほしいと会派代表者会議にはかりました。
ここで実現すれば画期的な一歩となったのですが、最大会派の会長も大いに賛同どころか後押しまでしてくれたのですが、第二会派が唯一反対したため全会一致とならないものは実現しない不文律にはばまれiPad持ちこみは水泡に帰したのでした。
今期の議会改革特別委員会では、この件は議題にも取り上げられなかったようですし、それどころか傍聴者には携帯の電源を切ることを強要するような逆行が平然と行われていますので、情報に対する取り組みでは遅れに遅れているといわざるを得ない状況です。
中田市議によれば、五所川原市議会ではタブレット導入によってペーパーレス化を進めて一人あたり年間50万円の経費節減につながると説明を受けたそうで、青森市議会でも早急に動きたいとまとめていましたが、デジタル化したデータが用意されることは、予算などの前年対比が簡単に行えるようになるメリットも出てきますので、導入しないでいる方がおかしいと思います。
これによって、市民向けにデータを配布・ダウンロードということも可能になりますし、わざわざ予算・決算書を財務政策課から借り受けて傍聴するという手間も省けますので、市民への情報公開のためにも必要な取り組みです。
こうして考えると、市民のためにも時代のニーズに沿った議会であるためにも大事なことだと改めて思いますので、これもぜひ当選の暁には実現に向けて主張していきたいと思います。
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