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2014年9月11日木曜日

自治基本条例、本当の問題

今回の一般質問で小山内司市議が自治基本条例一本に絞って質問をするのを知り、楽しみにして傍聴に足を運びました。
小山内市議は、市で部長級を歴任した経歴の持ち主だけに一番的を射た質問をするので現職当時もたくさんのことを教えていただきましたが、今回も①二段階で市民検討委員会からの答申を受ける形を取ったこと、②自治基本条例を「協働によるまちづく基本条例」という名称にしたことと各条例の中での位置づけ、③この条例と経営計画における「まちづくり」の違い、④条例における総合計画と経営計画との関連についての4点について、じっくりと掘り下げながらの質問でしたので、多くのことがわかりました。
その中で、この条例の持つ本当の問題を私なりに指摘したいと思います。

②について自治基本条例とまちづくり条例では意味合いが違うという指摘をしていましたが、もともと自治基本条例は自治体の仕組みをルール化する米国のホームルール・チャーター=自主制定憲章に源泉があるとされ、日本ではじめて制定したニセコ町では「町の憲法」として他条例の上位に位置づけられていることからすると、まちづくりの基礎となる条例を定めるのとでは意義が違うというのは、まさにそのとおりだと思います。
また、③の「まちづくり」についての答弁で、経営計画ではまちづくりはひとづくり・くらしづくり・なりわいづくりと並ぶ4分野の一つという位置づけであり、基本条例ではまちづくりの中には他の3分野も含まれるとされていて、その位置づけの違いは大きいことがわかりました。
この二つのことは、自治基本条例としての機能を果たすことができるのかどうかという点で非常に大きいことですが、昨日の「自治体破れて山河あり」という視点からすれば自治の基本よりもまちづくりを地域の土台としてしっかり構築することをめざす方が意義あるものということができると思います。

一方、④の総合計画と経営計画の違いというのは、今回の総合計画が「弘前市経営計画」という名称なのだという簡単明瞭な答弁で、総合計画の議決についてはその計画の組み立てによるとして、議会の基本条例の中で主体の一つとして位置づけていることが説明されましたが、議会の側が考えなければならないのは①に見られる基本案を委員会から答申されたものを市で法務知識にもとづいて条例素案をまとめ、それをさらに委員会で議論してから答申となるという流れです。
これは簡単に言えば、一度素案がまとまったものに委員会で修正を加えてから最終案が決定するということで、非常に柔軟な手法だと評価できるものですが、ひるがえって議会の側の日程では最終案の説明後に条例案を3月定例会に上程するということになっていて、その際には提案されたものに意見して修正するのは至難の業だけに、委員会とのやりとりからすれば大きな違いがあります。
私は以前から修正の難しさを指摘してきましたが、この条例を成案とするにあたっても委員会は33回の会議を経ているのと、議会には二度の説明と一般質問での質疑だけで議決を求めるというのでは、どちらの意見を取り入れようとしているのか重視しているのかは明白だと思いますし、議会が怒るべきは住民投票や外国人参政権といった次の課題ではなく、自らの意見を組みこまれない扱いをされていることだと思います。

これらのことから、市民にとっては条例の位置づけ、議会にとっては扱いの軽さこそが、この条例における問題だと思いますので、3月までの議論にも注目していただきたいと思います。

2014年9月5日金曜日

あえて、市民自治条例への私見

9/2に自治基本条例の素案を示されていた市民検討委員会からの答申があったことが地元紙で報じられていましたが、この条例を正当性がないもの外国人参政権を認めるものとして猛烈な批判を続けている市議のBlogなどから火がつき、右翼的ジャーナリストからも攻撃の的にされています。
ほとんどの市民の皆さんには理解しづらい、そしてあまり関心のない問題だと思いますが、私見を求められてもいますので、あえてこの問題をまとめておきたいと思います。

まず、これから条例制定までの流れをお知らせしますと、答申案を公表した上で議会との意見交換・パブリックコメントが行われた後に最終案がまとまり、それを3月定例会に議案提出して採決となる運びです。
答申案はまだ公開されていませんが、諮問された素案に添付されている資料を見ても、住民投票にかかわる外国人参政権の問題に攻撃の的が集中していて、本来の自治をどう築いていくかということがないがしろにされていることを残念に思います。
また、この件に関して葛西市長が答えないという批判を受けて、上記リンクには外国人参政権に関する市長見解がありますし、先日の町会連合会研修の際に検討委員会の佐藤委員長にも直接質問して確かめていますが、住民投票を行うことは自治基本条例で定めても、どのような条件で実施するのかは今後制定する住民投票条例で定めることで意見集約がされていますし、投票結果そのものも尊重するということでとどまっているのですから、心配には及ばないと思います。
このことには目も向けずに外国人排斥のアジテーションをするのはナンセンスですし、自治基本条例に住民投票条項を入れるか入れないか、どのような住民投票条例を制定するか、さらには住民投票にかけるかどうかも議会の議決を経ることですから、市議であるならば議場で堂々の論陣を張ることで自ら恐れることを防ぐのが本分だと思います。

では、おまえはどうなのだということになりますから答えておきますが、私は一般永住者および特別永住者として認められている人であれば、立派にその自治体を構成する市民だと認めるべきだと思いますし、その帰結として国ではなく当該自治体に関することであれば投票権を認めていいと思います。
例えば、ワールドカップの際に話題になった群馬県大泉町は約1割がブラジル人だということですが、これだけの比率を占めている人たちの声が反映されないよりは、同じ町の人間として共存共栄を進めやすい仕組みを考える方が理にかなっていると思いますが、反中反コリアの人たちからはこのような事例に対する意見を聞いたことがありません。
それらの人たちは、外国人参政権を認めたところには大量移民が送りこまれて乗っ取られるとあおりますが、認めているという自治体が現実にあるのにそれが実行されていないような陰謀論を振り回すことの意味がわかりません。
これは、私自身が大学時代にどちらかといえば民主化の側に立っていた中国からの留学生と親しくしていたことや、ハングルを話せない在日3・4世のコリアンと一緒に学び酒を酌み交わしたシンパシーと、明治時代の江華島事件から太平洋戦争に至るまでの侵略の歴史を反省するからこその私見ですが、歴史認識問題はさておいても国という想像もつかない存在よりも日常で接する韓国籍の友人との関係を大事にする人の方が普通なのではないでしょうか。

何はともあれ、このことで自治基本条例に関心が集まり、市民とは誰かを考えるきっかけになった上で、市内に住む永住者との親交をそこなうことなく、弘前市が近隣諸国との友好を深めていくことを望みます。