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2015年2月22日日曜日

珈琲の歴史と未来を学ぶ

2回目となる修故創新塾を、珈琲がテーマで講師は来年で創業40年になる成田専蔵珈琲店の成田専蔵先生ということもあって、カフェトーク形式で開催しました。
ちなみに、先生と呼ばせていただいているのは約500人のバリスタを生み出している弘前コーヒースクール代表ということもありますが、私にとっては初めてお会いしたのが城東学園調理科の非常勤講師であり同窓会会長であった所以からです。

まずは米国でのコーヒーの波について、20世紀初頭に最初のブームであるファーストウェーブがあり、それが1960年代には安くて苦いコーヒーを薄くして出すアメリカンがはびこり、その反動でエスプレッソマシーンでマニュアル化した製法で提供するセカンドウェーブの代表・スターバックスコーヒーが1971年に登場、日本に上陸してからも20年以上たっているのだそうで、その意味では青森県の周回遅れぶりがわかります。
ただし、果実=フルーツといって過言ではないコーヒー本来のうまみをエスプレッソマシーンでは引き出せるものではなく、米国で焙煎して世界に搬送されるシステムのため日数がたつと劣化してしまう欠点があり、それに対して焙煎工場をショップに隣接して腕の立つバリスタを配して好みの豆を好みの淹れ方で提供するというサードウェーブが現れましたが、それには日本の喫茶店からの影響が大きいのだそうですが、その代表格であるブルーボトルが2月に開業したところで4月にスタバ開店というのは何とも皮肉です。
一方、日本では1888年に最初の可否茶館が開業してはじまった喫茶店ですが、先生が珈琲を志した頃の弘前市ではかくは宮川か入五商店でしか豆が買えず、しかも腐っているようなシロモノしかなかったのだそうで、そこから自前の工場での焙煎をはじめたり、産地の農園との直接契約、一方ではコーヒースクールでのバリスタ養成と、まさにサードウェーブそのものの歩みをしてきたということは、弘前の珈琲文化は歴史があるとともに最先端でもあるわけです。
ただ、日本では17万軒から7万軒を切るようになった喫茶店ですが、弘前市では650軒が115軒まで減っているのだそうで、それにコンビニコーヒーが年間16億杯も飲用される時代になって、家族経営の喫茶店では集まって対策を話し合おうという時間すら取れず、スタバ以前に事業継続が厳しくなっているのが実情だということでした、
それでも、総務省の調査では県庁所在地では青森市がダントツの消費量なのだそうですが、販売実績からして弘前市の方が1.5倍の売上があるそうで、歴史だけでなくコーヒーそのものの愛好からしても弘前の珈琲には可能性があると信じて、時代に合わせた取り組みをしていくつもりだとの力強いまとめでホッとしました。

少人数ので濃い2時間でしたので、オフレコでしか話せない内容も飛び出すほど盛り上がり、私のことや市議選の状況などはサラッと流して終わる形になりましたが、今回も歴史を学んだ上で現在を分析し未来を考える必要を強く感じましたので、これからもテーマを選んで続けていきたいと思います。

2015年2月7日土曜日

弘前珈琲の原点と未来を考える

昨日、ビジネスニュースをにぎわしていたのは、サードウェーブと呼ばれるコーヒー新潮流を代表するブルーボトルコーヒー日本初上陸でした。何と4時間待ちまで客が並んだのだそうで、すごい反響です。
サードウェーブとは、Wikipediaにまだ登録されていないほど定義が定まったワードではありませんが、歴史的には19世紀後半のアメリカンコーヒーがファーストウェーブ、シアトル発のスターバックス・タリーズなどがセカンドウェーブであり、特色としては産地からのダイレクトトレードによるシングルオリジン(単一種)の生豆を店舗でローストし、さまざまな方法で抽出できる腕の立つバリスタがいる店で出されるコーヒー、ということになります。

ところで、ブルーボトルのCEOがTVインタビューに答えて、このスタイルの原点は日本の喫茶店にあると言っていたように、ある意味ではコーヒーのおいしさを追求する上では日本の珈琲文化は侮れない地位を有しているのを改めて知りました。
その中心地の一つでもあり、珈琲法要の故事からすれば発祥の地と言ってもよい弘前ですが、成田専蔵珈琲店では海外に直接契約している農園があり、それを自社工場で焙煎して厳しい品質管理の下で販売提供しているわけですから、これは原点であるとともにサードウェーブと重なるスタイルであるのがわかりますし、専蔵先生から「スタバは古い、これからはサードウェーブ」と言われても何のことやらわからなかったのが、ようやく腑に落ちたところです。
スタバの件では、民間資本とのつきあい方で問題提起をしましたが、市では地元の珈琲館傾斜との協議をするとし体ましたが全然動きがないそうで、周回遅れのスタイルが弘前の珈琲文化とも相容れずに北京・故宮から撤退したような始末にならなければよいがと、心配したくなってきました。

それはさておき、以前開催したカフェトークも修故創新塾も開店休業になっていますので、この機会においしい珈琲をいただきながら、弘前の珈琲文化とサードウェーブという新時代を受けての未来予測を成田専蔵先生に学ぶ、修故創新カフェトークを行うことにしました。
下記のとおり開催しますので、ぜひ学び語らいましょう。
  • 日時:2/21(土)10:00~
  • 場所:城東・成田専蔵珈琲店
  • 会費:無料/各自珈琲を注文していただきます

2014年7月27日日曜日

前田光世を知っていますか

今日はりんご公園にあるシードル工房kimoriでのランチコンサートに、弘前からJリーグをめざすブランデュー弘前のホームゲーム応援と、どちらも大事なテーマだけに一方を立てるわけにはいかない気分ですので、朝拝読した広瀬院長の弘前ブログ「弘前の柔術と東奥義塾」にインスパイアされて、スポーツの中でも柔道をテーマにします。
高校時代からの新日ファンで、上京しての大学時代には猪木さんからバイト料をいただく立場になるほどのプロレス狂の私にとって、高田延彦そして弘前市出身の船木誠勝を相次いで破り新日・UWF神話を崩壊させたヒクソン・グレイシーは天敵としか思えないのですが、そのグレイシー柔術の源は講道館から世界に飛び出し異種格闘技戦無敗を誇りブラジルに渡ってコンデ・コマと名乗った、弘前市出身の柔道家・前田光世です。
格闘技ファンとしては忘れられないビッグネームなのですが、地元・弘前市では昨年三戸健次先生による「コンデ・コマ物語」が出版されたように一部では熱心に研究する方はあっても、多くの市民はその存在さえ知らず、生地に建立されている記念碑も忘れ去られたようにたたずんでいます。

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これが気になるのは、野田村訪問の際に久慈市を通過するのですが、そこには前田光世より6年遅く講道館に入門した地元の柔道家・三船久蔵十段をたたえて1990年に建設された三船十段記念館があるからです。
片や国内で柔道の神様とまで呼ばれ終生久慈市を大事にした方と、地元どころか日本を離れてブラジルの土となられた方では、地域での尊奉が違うのは仕方なのかも知れませんが、市のマークとして柔道着をモチーフにしている久慈市と柔道には何の思い入れも感じられない弘前市の格差は大きすぎると思います。
弘前市で古武術といえば剣術が伝承されているのは知っていますが、広瀬先生が記しているような柔術の伝統継承は心もとない限りですし、そればかりでなく城下町としての武家の伝統が伝わっていない生きていないところに弘前市のウィークポイントがあると思っています。

それだけに、まずは前田光世をもっと知ってもらうところからはじめるのが足がかりになると思いますし、これも修故創新の一つになり得るテーマだと思います。