定例会最終日にサラッと流されてしまう形で新年度に向けての経営計画の一部変更が承認され、一方で今回の人事異動では庁内FA=フリーエージェントのことは何もふれられていませんでした。
この二つのことは何の関連もないように見えますが、ともに評価にかかわることだけに一緒に論じてみたいと思います。
経営計画は、これまでの基本構想や基本計画部分だけでなく実施計画や事業目標まで全体が議決事項となっているため、その改訂には議会での承認が必要となります。
今回は、「改訂基本方針」によると、市長マニフェストの推進/アクションプランの 4 年間の総括に基づく改訂/経営計画において新たな取組を検討することとしたもので事業化すべきもの/スクラップ等による事業の重点化、集約化に伴うもの/地方創生に係る取組/オール弘前体制の推進に係る取組の6つの枠組みからの見直しで、市議会では全員による経営計画特別委員会を組織して審議したため、報告が省略されたのと概要については市のサイトでも公開されていませんので、内容については確認することができません。
それでも、PDCAサイクルに沿って年度ごとの見直しがきちんと動いていることは評価できますし、その中で個別事業の評価も行われているものと受けとめておきたいと思います。
これに対して、一時期話題となった庁内FAですが、新年度には実施のはずが年度初めの異動では行われていないようですし、年度途中で実施するのは混乱を招くだけですので、このまま行われないと思って間違いないはずです。
その問題点は先に指摘したとおりですが、プロ野球のFAでは年数ばかりでなく出場試合数という実績が伴っている選手にしか行使できない制度であるように、市職員においては個人の人事評価で一定の基準を上回る評価を得ていることが前提となるはずですが、そこまでの人事評価制度を市では確立できていないことが、何といっても実現をはばんでいると思います。
先ほど事業の評価は行われているものとしましたが、事業をチームで実行している中で個人個人の評価とどう連動させていくのか、FAできるだけの実績を上げた職員には達成度の低い事業を抱えている部署をFA先に限定するといったルールづくりを行わない限り、実施できるものではないはずです。
その意味で、経営計画と庁内FAは連動していくべきものですし、そこでしっかりした事業実施と評価が行われるよう、組織の改編も総合計画と同じく4年に一度とすべきだと思います。
何といっても、人事評価制度の構築なくして納得のいく人事異動は行えないのですし、そのことが職員が安心してやる気を持って仕事に向き合える環境づくりにもつながるだけに、これからも注視していきたいと思います。
2015年3月22日日曜日
2015年1月8日木曜日
やはり雪対策が最優先
12月は史上最高の積雪、年末だけは落ちついた大雪ですが、2日からはまたしても猛威をふるう状況が続き、さすがにヘトヘトの毎日です。
おかげで昨日は新聞にも目を通さずにいましたが、地元紙の1面トップがアクションプランに対する市民評価アンケートで一番不満なのが雪対策であったことを報じていました。3年連続でもっとも不満が高く半数以上が不満ということですが、今の時期に実施していたら、もっと悪い数字になることでしょう。
この結果が重要なのは、先日のアクションプラン評価報告書が有識者によるものだったのに対して、これは市民の生の声を反映したものだけに、市はもっと真剣に受けとめる必要があると思います。
一番のウィークポイントということは、それだけ改善の余地があるはずですが、どういうわけか行政では手が打たれないことが多く、私がかかわった時期の県総合計画でも原子力問題に不安を感じている率が一番高いにもかかわらず、その声を無視して原発や核燃サイクルが進められてきたのを思い出してしまいます。
市民主権を標榜する葛西市政なのですから、市民が何を求め何を改善してほしいと思っているのか受けとめて、ニュースになる新規事業よりも市民生活の根幹にかかわる問題を足元から見直すべきだと思います。
ところで、アクションプラン2013では「エボリューション3」の一つとして最重要とされていた雪対策ですが、今年度からの総合計画である「弘前市経営計画」では人口減少が最大のテーマとされています。
しかし、よく考えてみれば雪対策が不十分のままでは、高齢者などの生活弱者には冬の生活で困ることが多いはずですし、それが原因で弘前を離れる方もあるでしょうから、人口減少の要因の一つであるのは間違いありませんし、同じ津軽に住むにしても、弘前市は除雪をしっかりやってくれるという評価であれば他町村からの移住が進んでもおかしくはないのに、現状からすれば期待できそうにもありません。
これまでも、雪対策については懇談会などで話し合いはされているのですが、人口減少対策としての視点も加えて再検討していく必要がありますし、それこそ庁内シンクタンクが一番最初に取り組まなくてはならないテーマだと思います。
一方、私も在職中は雪対策での行政視察はしたことがありませんでしたが、札幌市では大規模な排雪施設があると聴いたことがありますし、弘前市より積雪量の多い青森市では除排雪方式が違っているそうですので、身近なところから見分することでも気づくことがあるはずですから、最優先で動きたいと思っています。
ぜひ、雪対策でお困りのこと不満に思っていることをお知らせいただきたいと思いますし、他自治体の特色ある取り組みのことでも情報をいただきたいと思います。
おかげで昨日は新聞にも目を通さずにいましたが、地元紙の1面トップがアクションプランに対する市民評価アンケートで一番不満なのが雪対策であったことを報じていました。3年連続でもっとも不満が高く半数以上が不満ということですが、今の時期に実施していたら、もっと悪い数字になることでしょう。
この結果が重要なのは、先日のアクションプラン評価報告書が有識者によるものだったのに対して、これは市民の生の声を反映したものだけに、市はもっと真剣に受けとめる必要があると思います。
一番のウィークポイントということは、それだけ改善の余地があるはずですが、どういうわけか行政では手が打たれないことが多く、私がかかわった時期の県総合計画でも原子力問題に不安を感じている率が一番高いにもかかわらず、その声を無視して原発や核燃サイクルが進められてきたのを思い出してしまいます。
市民主権を標榜する葛西市政なのですから、市民が何を求め何を改善してほしいと思っているのか受けとめて、ニュースになる新規事業よりも市民生活の根幹にかかわる問題を足元から見直すべきだと思います。
ところで、アクションプラン2013では「エボリューション3」の一つとして最重要とされていた雪対策ですが、今年度からの総合計画である「弘前市経営計画」では人口減少が最大のテーマとされています。
しかし、よく考えてみれば雪対策が不十分のままでは、高齢者などの生活弱者には冬の生活で困ることが多いはずですし、それが原因で弘前を離れる方もあるでしょうから、人口減少の要因の一つであるのは間違いありませんし、同じ津軽に住むにしても、弘前市は除雪をしっかりやってくれるという評価であれば他町村からの移住が進んでもおかしくはないのに、現状からすれば期待できそうにもありません。
これまでも、雪対策については懇談会などで話し合いはされているのですが、人口減少対策としての視点も加えて再検討していく必要がありますし、それこそ庁内シンクタンクが一番最初に取り組まなくてはならないテーマだと思います。
一方、私も在職中は雪対策での行政視察はしたことがありませんでしたが、札幌市では大規模な排雪施設があると聴いたことがありますし、弘前市より積雪量の多い青森市では除排雪方式が違っているそうですので、身近なところから見分することでも気づくことがあるはずですから、最優先で動きたいと思っています。
ぜひ、雪対策でお困りのこと不満に思っていることをお知らせいただきたいと思いますし、他自治体の特色ある取り組みのことでも情報をいただきたいと思います。
2014年12月27日土曜日
アクションプラン評価を評価する
25日の地元紙に、4年間のアクションプランを評価する市民評価会議の報告書が提出されたことが報じられていました。
マスメディアには報告書が渡されているようですが、市のサイトでは報告書どころか今年度の活動状況も更新されないままに御用納めとなってしまいましたので、内容を精査してとはいきませんが、この機会を逃しては注目も集めませんので、アクションプランについて評価しておきたいと思います。
記事によれば、報告書全体としてはアクションプランの達成状況を妥当と評価したのだそうですが、「7つの約束」ごとに総括的な点検だったようで、これではきちんとした評価とはいえません。
葛西市長1期目のマニフェスト100のプロジェクトを総合計画の実施計画に落としこんで約200の事業を実施してきたのがアクションプランなのですが、昨年度はこれらの事業ごとの自己評価による試算がされていないとのことで、この状態で唯々諾々と評価に応じただけでも評価に値しないことがわかっていないのは残念以外の何物でもありません。
私が県総合計画審議会委員だった際には、事業は9割達成にもかかわらず施策となると7割、政策となると5割しか達成できていないという結果になったように、事業は遂行されても政策実現につながらないのを一つずつ分析していく必要を感じながらフォローアップしていただけに、事業を確認せずに政策評価しているのでは弘大・村松委員長の学識を疑ってしまいます。
アクションプランと事務事業評価がかみ合っていないのは市議在職中にも聞き及んでいましたが、ついには自己評価すらキチンと行わなくなってしまっては、PDCAサイクルが回っていないと言わざるを得ませんし、そのこと自体を厳しく指摘すべきだけに、評価そのものが「妥当」でないと思います。
それ以上に、市の自己評価がうやむやになり、市民評価会議による第三者評価がアテにならないものであるのに、第二者という立場に置かれている市議会からは何の声も上がらないことが問題です。
市議会がPDCAサイクルにどのようにかかわるのかは重要なテーマなのですが、本会議や委員会の議論だけでは時間も内容も伴わない形ばかりのチェックで終わってしまうのに、この4年間まったく改善に向けての動きも見られず、ついにはこの報告書について全員協議会が開催されることもなく過ぎてしまうのでは、議会の存在意義すら認められていないようなものです。
このレベルから全事業を仕分け=評価するところまで引っ張り上げなくてはならないかと思うと気が遠くなりますが、議会が変わらなくても自分一人で切りこまなくてはならないと思っています。
この問題は、皆さんからは見えにくい理解しづらいことだとは思いますが、ぜひ関心を持っていただきたいと思います。
マスメディアには報告書が渡されているようですが、市のサイトでは報告書どころか今年度の活動状況も更新されないままに御用納めとなってしまいましたので、内容を精査してとはいきませんが、この機会を逃しては注目も集めませんので、アクションプランについて評価しておきたいと思います。
記事によれば、報告書全体としてはアクションプランの達成状況を妥当と評価したのだそうですが、「7つの約束」ごとに総括的な点検だったようで、これではきちんとした評価とはいえません。
葛西市長1期目のマニフェスト100のプロジェクトを総合計画の実施計画に落としこんで約200の事業を実施してきたのがアクションプランなのですが、昨年度はこれらの事業ごとの自己評価による試算がされていないとのことで、この状態で唯々諾々と評価に応じただけでも評価に値しないことがわかっていないのは残念以外の何物でもありません。
私が県総合計画審議会委員だった際には、事業は9割達成にもかかわらず施策となると7割、政策となると5割しか達成できていないという結果になったように、事業は遂行されても政策実現につながらないのを一つずつ分析していく必要を感じながらフォローアップしていただけに、事業を確認せずに政策評価しているのでは弘大・村松委員長の学識を疑ってしまいます。
アクションプランと事務事業評価がかみ合っていないのは市議在職中にも聞き及んでいましたが、ついには自己評価すらキチンと行わなくなってしまっては、PDCAサイクルが回っていないと言わざるを得ませんし、そのこと自体を厳しく指摘すべきだけに、評価そのものが「妥当」でないと思います。
それ以上に、市の自己評価がうやむやになり、市民評価会議による第三者評価がアテにならないものであるのに、第二者という立場に置かれている市議会からは何の声も上がらないことが問題です。
市議会がPDCAサイクルにどのようにかかわるのかは重要なテーマなのですが、本会議や委員会の議論だけでは時間も内容も伴わない形ばかりのチェックで終わってしまうのに、この4年間まったく改善に向けての動きも見られず、ついにはこの報告書について全員協議会が開催されることもなく過ぎてしまうのでは、議会の存在意義すら認められていないようなものです。
このレベルから全事業を仕分け=評価するところまで引っ張り上げなくてはならないかと思うと気が遠くなりますが、議会が変わらなくても自分一人で切りこまなくてはならないと思っています。
この問題は、皆さんからは見えにくい理解しづらいことだとは思いますが、ぜひ関心を持っていただきたいと思います。
2014年9月11日木曜日
自治基本条例、本当の問題
今回の一般質問で小山内司市議が自治基本条例一本に絞って質問をするのを知り、楽しみにして傍聴に足を運びました。
小山内市議は、市で部長級を歴任した経歴の持ち主だけに一番的を射た質問をするので現職当時もたくさんのことを教えていただきましたが、今回も①二段階で市民検討委員会からの答申を受ける形を取ったこと、②自治基本条例を「協働によるまちづく基本条例」という名称にしたことと各条例の中での位置づけ、③この条例と経営計画における「まちづくり」の違い、④条例における総合計画と経営計画との関連についての4点について、じっくりと掘り下げながらの質問でしたので、多くのことがわかりました。
その中で、この条例の持つ本当の問題を私なりに指摘したいと思います。
②について自治基本条例とまちづくり条例では意味合いが違うという指摘をしていましたが、もともと自治基本条例は自治体の仕組みをルール化する米国のホームルール・チャーター=自主制定憲章に源泉があるとされ、日本ではじめて制定したニセコ町では「町の憲法」として他条例の上位に位置づけられていることからすると、まちづくりの基礎となる条例を定めるのとでは意義が違うというのは、まさにそのとおりだと思います。
また、③の「まちづくり」についての答弁で、経営計画ではまちづくりはひとづくり・くらしづくり・なりわいづくりと並ぶ4分野の一つという位置づけであり、基本条例ではまちづくりの中には他の3分野も含まれるとされていて、その位置づけの違いは大きいことがわかりました。
この二つのことは、自治基本条例としての機能を果たすことができるのかどうかという点で非常に大きいことですが、昨日の「自治体破れて山河あり」という視点からすれば自治の基本よりもまちづくりを地域の土台としてしっかり構築することをめざす方が意義あるものということができると思います。
一方、④の総合計画と経営計画の違いというのは、今回の総合計画が「弘前市経営計画」という名称なのだという簡単明瞭な答弁で、総合計画の議決についてはその計画の組み立てによるとして、議会の基本条例の中で主体の一つとして位置づけていることが説明されましたが、議会の側が考えなければならないのは①に見られる基本案を委員会から答申されたものを市で法務知識にもとづいて条例素案をまとめ、それをさらに委員会で議論してから答申となるという流れです。
これは簡単に言えば、一度素案がまとまったものに委員会で修正を加えてから最終案が決定するということで、非常に柔軟な手法だと評価できるものですが、ひるがえって議会の側の日程では最終案の説明後に条例案を3月定例会に上程するということになっていて、その際には提案されたものに意見して修正するのは至難の業だけに、委員会とのやりとりからすれば大きな違いがあります。
私は以前から修正の難しさを指摘してきましたが、この条例を成案とするにあたっても委員会は33回の会議を経ているのと、議会には二度の説明と一般質問での質疑だけで議決を求めるというのでは、どちらの意見を取り入れようとしているのか重視しているのかは明白だと思いますし、議会が怒るべきは住民投票や外国人参政権といった次の課題ではなく、自らの意見を組みこまれない扱いをされていることだと思います。
これらのことから、市民にとっては条例の位置づけ、議会にとっては扱いの軽さこそが、この条例における問題だと思いますので、3月までの議論にも注目していただきたいと思います。
小山内市議は、市で部長級を歴任した経歴の持ち主だけに一番的を射た質問をするので現職当時もたくさんのことを教えていただきましたが、今回も①二段階で市民検討委員会からの答申を受ける形を取ったこと、②自治基本条例を「協働によるまちづく基本条例」という名称にしたことと各条例の中での位置づけ、③この条例と経営計画における「まちづくり」の違い、④条例における総合計画と経営計画との関連についての4点について、じっくりと掘り下げながらの質問でしたので、多くのことがわかりました。
その中で、この条例の持つ本当の問題を私なりに指摘したいと思います。
②について自治基本条例とまちづくり条例では意味合いが違うという指摘をしていましたが、もともと自治基本条例は自治体の仕組みをルール化する米国のホームルール・チャーター=自主制定憲章に源泉があるとされ、日本ではじめて制定したニセコ町では「町の憲法」として他条例の上位に位置づけられていることからすると、まちづくりの基礎となる条例を定めるのとでは意義が違うというのは、まさにそのとおりだと思います。
また、③の「まちづくり」についての答弁で、経営計画ではまちづくりはひとづくり・くらしづくり・なりわいづくりと並ぶ4分野の一つという位置づけであり、基本条例ではまちづくりの中には他の3分野も含まれるとされていて、その位置づけの違いは大きいことがわかりました。
この二つのことは、自治基本条例としての機能を果たすことができるのかどうかという点で非常に大きいことですが、昨日の「自治体破れて山河あり」という視点からすれば自治の基本よりもまちづくりを地域の土台としてしっかり構築することをめざす方が意義あるものということができると思います。
一方、④の総合計画と経営計画の違いというのは、今回の総合計画が「弘前市経営計画」という名称なのだという簡単明瞭な答弁で、総合計画の議決についてはその計画の組み立てによるとして、議会の基本条例の中で主体の一つとして位置づけていることが説明されましたが、議会の側が考えなければならないのは①に見られる基本案を委員会から答申されたものを市で法務知識にもとづいて条例素案をまとめ、それをさらに委員会で議論してから答申となるという流れです。
これは簡単に言えば、一度素案がまとまったものに委員会で修正を加えてから最終案が決定するということで、非常に柔軟な手法だと評価できるものですが、ひるがえって議会の側の日程では最終案の説明後に条例案を3月定例会に上程するということになっていて、その際には提案されたものに意見して修正するのは至難の業だけに、委員会とのやりとりからすれば大きな違いがあります。
私は以前から修正の難しさを指摘してきましたが、この条例を成案とするにあたっても委員会は33回の会議を経ているのと、議会には二度の説明と一般質問での質疑だけで議決を求めるというのでは、どちらの意見を取り入れようとしているのか重視しているのかは明白だと思いますし、議会が怒るべきは住民投票や外国人参政権といった次の課題ではなく、自らの意見を組みこまれない扱いをされていることだと思います。
これらのことから、市民にとっては条例の位置づけ、議会にとっては扱いの軽さこそが、この条例における問題だと思いますので、3月までの議論にも注目していただきたいと思います。
2014年7月8日火曜日
どうした、部長実行宣言
経営型のPDCAマネジメントサイクルを標榜する葛西市政ですが、実はすでに回らなくなっているものがあります。それは、部長実行宣言です。
アクションプランが策定されてから実質半年後となる2011年4月に公表され、その後2年間は宣言=P:計画とその他達成状況=C:報告がなされていたのですが、昨年度2013に関しては宣言で止まっていて、いまだに達成状況は公表されていません。
部長となる職員の異動退職ばかりでなく、毎年のように部局の職務分掌が変更されている市の状況では継続するのが難しいのはわかりますが、今回の経営計画にはそのかけらも見あたらないのをみれば、このままフェードアウトしてしまうものと思われます。
葛西市長からすればマニフェスト大賞の先輩受賞者である浜松市・鈴木康友市長のマニフェストでは、先んじてスタートして今年度の部長宣言もしっかり継続公表されているのとは雲泥の差です。
昨年度の弘前市部長実行宣言と今年度の浜松市部長宣言を比較してみますと、弘前市のものはアクションプラン2013を各部でまとめなおした総花的な印象がぬぐえませんが、浜松市のものは部長のコメントも言葉が生きているだけでなく5つの重点事業をピックアップして紹介している分コンパクトにもなっており、政令指定都市である浜松市が30ページなのに弘前市は67ページと倍以上の冗長さです。
これが続けてきた年数が長いだけでなく、きちんとしたシステムに構築できている浜松市との違いだと思いますが、もう一つの大きな違いは、政令指定都市の区ごとに区長宣言も出されていまして、人口ばかりでなく広域な浜松市では必要な取り組みだと言えますが、それだけ地域ごとの計画も進められていて、それを推進していく責任が区長にかかっているというのは、自治体の中の地域自治につながるだけにうらやましく思います。
私自身はマニフェスト推進論者ですし、だからこそ葛西市長を評価してきましたが、市長の意を汲んで職員に伝えていくべき部長級が自らの職掌に責任を持って取り組む土台を失うことになりますし、職員からしても部長ですらPDCAサイクルが徹底しないのであれば自分たちの抱えている事務事業だってそんなものという気分になってもおかしくありません。
それでなくても、事務事業評価が形骸化しているばかりでなく、経営計画の実施計画部分をみても「○○をやります」というアウトプットばかりで「××を実現します」という成果=アウトカムが示されていないだけに、このままではマニフェストからの総合計画策定実施という大きなサイクルが空回りして意義を失ってしまうことを危惧しています。
葛西市長、今からでも部長実行宣言の復活をお願いします。
アクションプランが策定されてから実質半年後となる2011年4月に公表され、その後2年間は宣言=P:計画とその他達成状況=C:報告がなされていたのですが、昨年度2013に関しては宣言で止まっていて、いまだに達成状況は公表されていません。
部長となる職員の異動退職ばかりでなく、毎年のように部局の職務分掌が変更されている市の状況では継続するのが難しいのはわかりますが、今回の経営計画にはそのかけらも見あたらないのをみれば、このままフェードアウトしてしまうものと思われます。
葛西市長からすればマニフェスト大賞の先輩受賞者である浜松市・鈴木康友市長のマニフェストでは、先んじてスタートして今年度の部長宣言もしっかり継続公表されているのとは雲泥の差です。
昨年度の弘前市部長実行宣言と今年度の浜松市部長宣言を比較してみますと、弘前市のものはアクションプラン2013を各部でまとめなおした総花的な印象がぬぐえませんが、浜松市のものは部長のコメントも言葉が生きているだけでなく5つの重点事業をピックアップして紹介している分コンパクトにもなっており、政令指定都市である浜松市が30ページなのに弘前市は67ページと倍以上の冗長さです。
これが続けてきた年数が長いだけでなく、きちんとしたシステムに構築できている浜松市との違いだと思いますが、もう一つの大きな違いは、政令指定都市の区ごとに区長宣言も出されていまして、人口ばかりでなく広域な浜松市では必要な取り組みだと言えますが、それだけ地域ごとの計画も進められていて、それを推進していく責任が区長にかかっているというのは、自治体の中の地域自治につながるだけにうらやましく思います。
私自身はマニフェスト推進論者ですし、だからこそ葛西市長を評価してきましたが、市長の意を汲んで職員に伝えていくべき部長級が自らの職掌に責任を持って取り組む土台を失うことになりますし、職員からしても部長ですらPDCAサイクルが徹底しないのであれば自分たちの抱えている事務事業だってそんなものという気分になってもおかしくありません。
それでなくても、事務事業評価が形骸化しているばかりでなく、経営計画の実施計画部分をみても「○○をやります」というアウトプットばかりで「××を実現します」という成果=アウトカムが示されていないだけに、このままではマニフェストからの総合計画策定実施という大きなサイクルが空回りして意義を失ってしまうことを危惧しています。
葛西市長、今からでも部長実行宣言の復活をお願いします。
2014年5月19日月曜日
経営計画可決は議会の自殺行為
葛西市政の今後4年間の方向性を打ち出す新しい総合計画「弘前市経営計画」を審議する特別委員会が開催されましたので、傍聴に足を運びました。
今回の計画は、自身のマニフェストをアクションプラン=実施計画としてPDCAサイクルを回してきた葛西市長が満を持して経営型地域経営まで視野に入れて策定させたのが特色ですが、何と300ページを超えるボリュームがあり、さらには基本構想ばかりでなく実施計画や年度ごとの事業目標までが議決事項に含まれるというのです。
基本構想部分にあたる第1・2章部分だけで午前の審議時間を費やしてしまい、第3章の分野別計画のところで15:00でしたので、この調子では予備日である水曜日にかかるものと旧知の職員と見解が一致する状況でしたので、陸上クラブのトレに向かったのですが、同じく傍聴していた知人から審議終了可決のメッセージが届いたので、驚くというよりあきれてしまいました。
「ひとづくり」以外の「いのち」「くらし」「なりわい」の分野と市民行動プログラム・戦略推進システムという大きな柱と、500近い事業などを1時間少々で議了してしまうというのは、いかにも審議が長引いたという批判を怖れたというより審議そのものに厭いてしまう習性によるものとはわかっていても、本当に議論を尽くしたと胸を張れるのか聞いてみたいものです。
これだけでも十分に自殺行為といえる有様ですが、私からすればもっと大きい理由で議論を尽くそうとしたでしょうし、議会としての責任を果たすためにこの経営計画には反対だと思う理由に以下に述べたいと思います。
一つは、分野別計画までは大筋で了解できるものですが、500近い個別事業の目標が単なる結果=アウトプットでしかなく成果=アウトカムを示していないものでしたので、議決するからには一つ一つの事業に目配りできるだけの審議時間が必要だからです。
議決をするということは、その目標値まで議会が責任を持つということですから、そこまで徹底した議論が求められるはずですし、そこでミスや見直しが必要であれば柔軟に修正した上で改めて議案に付すくらいの慎重審議でかまわないと思います。
これは目標値のことばかりでなく、前回の総合計画審議でも一言の変更を求めるのでも反対するしかないという経験をしている市議諸侯ならばご存じのことだけに、細かい部分の修正を可能にする審議日程を取らないだけでも不作為の過失があるといわざるを得ません。
さらに、全体としての計画を回していくサイクルからしても、この計画を実施して見直しをしたものを議会に諮るという「しんがり」の出番に位置づけられていますが、それが予算審議の時期というのではもはや細かいところに口出しできるレベルでなくなってしまいます。
事業終了したものからすかさず市民生活の向上という観点から成果を検証し、事業の継続や見直しについて仕分けしていくのが議会に求められることですし、それをサイクルの中に位置づけるように協議したものが計画に盛られてはじめて議会としての本分を果たすことができるはずです。
それがまったく見受けられないものを、共産党以外の全員が各論で文句を言ったことを免罪符に賛成したことにあきれるのです。
厳しいことを言いましたが、それを議場で形にできない悔しさが募ってのことですし、それだけに戻らなければと思うのです。
今回の計画は、自身のマニフェストをアクションプラン=実施計画としてPDCAサイクルを回してきた葛西市長が満を持して経営型地域経営まで視野に入れて策定させたのが特色ですが、何と300ページを超えるボリュームがあり、さらには基本構想ばかりでなく実施計画や年度ごとの事業目標までが議決事項に含まれるというのです。
基本構想部分にあたる第1・2章部分だけで午前の審議時間を費やしてしまい、第3章の分野別計画のところで15:00でしたので、この調子では予備日である水曜日にかかるものと旧知の職員と見解が一致する状況でしたので、陸上クラブのトレに向かったのですが、同じく傍聴していた知人から審議終了可決のメッセージが届いたので、驚くというよりあきれてしまいました。
「ひとづくり」以外の「いのち」「くらし」「なりわい」の分野と市民行動プログラム・戦略推進システムという大きな柱と、500近い事業などを1時間少々で議了してしまうというのは、いかにも審議が長引いたという批判を怖れたというより審議そのものに厭いてしまう習性によるものとはわかっていても、本当に議論を尽くしたと胸を張れるのか聞いてみたいものです。
これだけでも十分に自殺行為といえる有様ですが、私からすればもっと大きい理由で議論を尽くそうとしたでしょうし、議会としての責任を果たすためにこの経営計画には反対だと思う理由に以下に述べたいと思います。
一つは、分野別計画までは大筋で了解できるものですが、500近い個別事業の目標が単なる結果=アウトプットでしかなく成果=アウトカムを示していないものでしたので、議決するからには一つ一つの事業に目配りできるだけの審議時間が必要だからです。
議決をするということは、その目標値まで議会が責任を持つということですから、そこまで徹底した議論が求められるはずですし、そこでミスや見直しが必要であれば柔軟に修正した上で改めて議案に付すくらいの慎重審議でかまわないと思います。
これは目標値のことばかりでなく、前回の総合計画審議でも一言の変更を求めるのでも反対するしかないという経験をしている市議諸侯ならばご存じのことだけに、細かい部分の修正を可能にする審議日程を取らないだけでも不作為の過失があるといわざるを得ません。
さらに、全体としての計画を回していくサイクルからしても、この計画を実施して見直しをしたものを議会に諮るという「しんがり」の出番に位置づけられていますが、それが予算審議の時期というのではもはや細かいところに口出しできるレベルでなくなってしまいます。
事業終了したものからすかさず市民生活の向上という観点から成果を検証し、事業の継続や見直しについて仕分けしていくのが議会に求められることですし、それをサイクルの中に位置づけるように協議したものが計画に盛られてはじめて議会としての本分を果たすことができるはずです。
それがまったく見受けられないものを、共産党以外の全員が各論で文句を言ったことを免罪符に賛成したことにあきれるのです。
厳しいことを言いましたが、それを議場で形にできない悔しさが募ってのことですし、それだけに戻らなければと思うのです。
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