いよいよ選挙の4月になりました。26日が投開票日とはいえ19日には告示なのですから、もはや20日も切ったわけですので、一人でも多くの人に支持を訴えなければならない剣が峰を進んでいます。
とはいえ、このまま張りつめ続けるのでは身が持ちませんし、本日はエイプリルフールにつき、大風呂敷なマニフェストを発表したいと思います。
それは、ロマントピアスキー場にモーグル専用コースをつくり、ワールドカップなどの国際大会の誘致とナショナルチームの拠点となる合宿施設を建設することです。
これまで、相馬中スキー部はアルペン3人複合1人ノルディック1人の計5人の五輪選手を輩出しましたが、1998長野五輪の石岡拓也から20年近くも途絶えているどころか、スキー部員すらいないのが実情ですし、スキーの相馬の看板を下ろさざるを得ない状況です。
これは、ナイター練習が毎日できない劣悪な環境、金がかかるという半分当たっている噂によるスキー離れ、さらには全日本レベルになっても層の厚い欧米勢には太刀打ちできない実力の差といった要因が組み合わさって、スキー人口の激減を招いているのですが、それならばまだまだ層が厚いわけではないフリースタイルの種目で世界にチャレンジするという方向転換は検討すべきことだと思うのです。
スノーボードまで切り替えてもいいのですが、その昔相馬のわらはんどはスキーの前にはプラスチックでできたミニスキーをはいて頂上から直滑降したり、けやぐと競争したり、細かいターンをしながらコブを見つけてはジャンプしたりして遊ぶところから雪とスピードに親しみ、そこで目を引いたのがスキーに誘われるというじだいがあっただけに、決まったコースでタイムを競うアルペン以上にモーグルやスキークロスに向いたDNAを持っているのです。
もっと夢を広げると、ここにトレセン用の合宿施設を整備すれば、夏のラグビー合宿に活用できる距離でもありますし、五輪合宿候補地に名乗りを上げている運動公園までも30分はかからないのですから、スキーにとどまらない効果も見こめます。
こんな時季外れの話を持ち出したのは、スノーリゾートとしての津軽を世界に向けて発信している方と午後に語らってインスパイアされたこともあったからですが、シーズンがはじまる前ではなく終わったばかりの今だからこそ考えておかなければならないことがあるのは嘘どこらか必要なことだと思っています。
それに、政治は生活に根ざしたものでなければなりませんが、一方では市民に夢を見せるものであるべきですから、この夢想がまっとうなマニフェストになるよう考えていきたいと思います。
2015年4月1日水曜日
2015年1月12日月曜日
スキー人口減少に手を打つべし
昨日のことになりましたが、ロマントピアでのボランティアにおつきあいして帰ってから新聞に目を通したところ、うれしい気持ちが吹っ飛んでしまう記事に出くわしました。それは、スキー人口減少のことでした。
そこでは、全中大会開催を控える大鰐ですら男子ゼロというのをピックアップしながら、22年前からすると1/4まで県大会出場者が減ってしまっていることを伝えていますが、我が相馬でも男女ともゼロですので、まさに危機的状況です。
35年前の相馬中スキー部員としては、当時は1部10校と2部に分かれ、種目ごとの出場者が6人までと制限されるほどの参加校・参加人数で、その中でも全中2年連続2冠王の森信之先輩のように越境入学してまで相馬中スキー部で鍛えて強くなりたいという例が毎年あり、その有力な先輩後輩に囲まれて史上一番下手くそだっただけに、ようやく3年生ではじめて県大会に出場させてもらった時のうれしさとレースの感覚はいまだに忘れることができません。
それが今では1部2部も出場制限もないのに、スキーをやりたいという子どもが全然いないというのですから、時代の変化とは恐ろしいものを感じます。
我が家でも、子ども3人にうち2人は短い期間ながらスキーチームに加わりましたが、当時もスキー経験者の子どもしか競技をめざさない世襲のような状況になっており、市内の選手は多くが同じ職業できょうだいそろって取り組んでいる場合が多く、どちらにしてもかかわるのがごく一部の人たちだけになっているのがスキー人口減少の現状です。
これには、スキーという種目は金がかかるという現実が誇張されすぎて敬遠されていること、本格的に大会が組まれる小学校4年生の時点で世界と連動するポイントが次の出走順につながるような厳しさがおいそれと飛びこむのを難しくしているという現実がありますが、七戸町や十和田市いわゆる南部の選手は減っていないだけに、津軽はどうしてしまったのかと思ってしまいます。
これが時代の流れだからとあきらめてしまうのではなく、先日ふれたようにスノーリゾートとしての可能性を切りひらいていくためにも、地元で雪に親しむことをもっと重視していくという根本的なところから見直していく必要があると思います。
市内の小学校では校内のスキー大会のあるところも少ないと思いますが、市として競技スキーにふれる機会をもっとつくるような積極的な働きかけをしていくこと、そこに市出身の木村公宣や岩谷高峰といった五輪選手をトップアスリートとして招いてスキーはオリンピックへの近道であることを知ってもらうことを考えてほしいものです。
下手であってもスキーから学んだことがたくさんある私としては、これも大事なテーマです。
そこでは、全中大会開催を控える大鰐ですら男子ゼロというのをピックアップしながら、22年前からすると1/4まで県大会出場者が減ってしまっていることを伝えていますが、我が相馬でも男女ともゼロですので、まさに危機的状況です。
35年前の相馬中スキー部員としては、当時は1部10校と2部に分かれ、種目ごとの出場者が6人までと制限されるほどの参加校・参加人数で、その中でも全中2年連続2冠王の森信之先輩のように越境入学してまで相馬中スキー部で鍛えて強くなりたいという例が毎年あり、その有力な先輩後輩に囲まれて史上一番下手くそだっただけに、ようやく3年生ではじめて県大会に出場させてもらった時のうれしさとレースの感覚はいまだに忘れることができません。
それが今では1部2部も出場制限もないのに、スキーをやりたいという子どもが全然いないというのですから、時代の変化とは恐ろしいものを感じます。
我が家でも、子ども3人にうち2人は短い期間ながらスキーチームに加わりましたが、当時もスキー経験者の子どもしか競技をめざさない世襲のような状況になっており、市内の選手は多くが同じ職業できょうだいそろって取り組んでいる場合が多く、どちらにしてもかかわるのがごく一部の人たちだけになっているのがスキー人口減少の現状です。
これには、スキーという種目は金がかかるという現実が誇張されすぎて敬遠されていること、本格的に大会が組まれる小学校4年生の時点で世界と連動するポイントが次の出走順につながるような厳しさがおいそれと飛びこむのを難しくしているという現実がありますが、七戸町や十和田市いわゆる南部の選手は減っていないだけに、津軽はどうしてしまったのかと思ってしまいます。
これが時代の流れだからとあきらめてしまうのではなく、先日ふれたようにスノーリゾートとしての可能性を切りひらいていくためにも、地元で雪に親しむことをもっと重視していくという根本的なところから見直していく必要があると思います。
市内の小学校では校内のスキー大会のあるところも少ないと思いますが、市として競技スキーにふれる機会をもっとつくるような積極的な働きかけをしていくこと、そこに市出身の木村公宣や岩谷高峰といった五輪選手をトップアスリートとして招いてスキーはオリンピックへの近道であることを知ってもらうことを考えてほしいものです。
下手であってもスキーから学んだことがたくさんある私としては、これも大事なテーマです。
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