野田村でティータイムコンサートの調べの中での更新ですが、内容はそれとは全然関係のない医療・介護のことです。
昨日、中三のスペースアストロで医師会主催の在宅医療公開講座があり、旧知のメンバーが登壇することもあって足を運びました。
一番の趣旨は、医師会で4月に開設した在宅医療支援センター「そよかぜ」の周知だったのですが、訪問看護ステーション・介護施設・在宅医の立場からの報告とパネルディスカッションは非常に具体的でわかりやすい内容で、買い物ついでに来場できるようなロケーションだったこともあってか会場いっぱいにつめかけた市民の方々にも理解いただけたことと思います。
それだけ、市民にとっても医療や介護のことに関心が高いのが改めてわかりますし、こういった形ですぐに入院、施設探しでなくても十分なケアを受けることができることを理解してもらう機会を作ったのは、いい試みです。
ただ、登壇した方々のような良質なケアを提供する事業所だけならいいのですが、以前ふれたように医療や福祉とはまったく無縁の会社が次々と有料老人ホームを建てている現実があり、いざ入所してみたら全然違っていたと後悔する場合も多いと思います。
それだけであれば選んだ側にも責任があるということで終わりますが、サービスを使う量が増えるということは次の報酬改定ひいては皆さんが負担する保険料にはね返ってくることですので、他人事ではないのです。
私は、福祉施設を経営していた立場ですから、介護報酬が上がってそこで働く職員の給料アップにつながってほしいと思いますが、それが良質なケア提供のモチベーションになったとしても、市民とりわけ介護保険の適用を受けない側からすれば自己負担や保険料アップは納得いかないという両方の立場がわかるだけに、ジレンマがあります。
それだけに、どんなケアがあるのかということだけでなく、サービスを使うということは負担が増えることでもあるというのを、市の側で市民に伝えて理解を促したり、無用なサービス利用を控えてもらう働きかけが重要になります。
ところが、市が実際に行っているのはケアマネージャーが作成するケアプランの重箱の隅をつつくような点検作業で、これで雇われ人であるケアマネが雇い主の法人の意に反したプランを立てるようになるはずもないのですから、本当に何とかする気なら市民に対して働きかけるべきなのです。
このような現実に即した議論を経て、市民としても市としても納得できる介護・医療の仕組みにしていくのも、専門家としての自分の仕事だと思っています。
皆さんにも、よりよいケアシステムを構築できるのは誰なのか、考えていただけるとうれしいです。
2014年11月9日日曜日
2014年9月17日水曜日
介護を政治の立場から考える
昨日の「有料」の件で言葉足らずの部分と語りきっていない部分がありましたので、改めて介護について政治家という立場から述べておきたいと思います。
福祉にかかわる立場として、私が一番影響を受けたのは新潟県長岡市の複合施設こぶし園の小山剛園長です。
こぶし園本体は定数100床の特養ですが、小山さんはその指導員時代に二人暮らしの妻が末期ガンで入院することになった夫をショートステイで受け入れるために迎えに行ったら首をつっていたという経験から、入りたくないと思われるような施設なら解体すべきだと過激ながらも至極まっとうな視点で従来の定数を20床程度のサテライトに分けて住み慣れた地域で住み替える形態を次々と提唱して制度化させた福祉の世界のリーダーです。
その後の東京進出など疑問に思うところもありますが、相馬村という狭い地域で30床の小規模特養を経営していた立場としては、できるだけ在宅サービスで支えて忍耐の限界となった場合に住み慣れた村の中で地域とともにある施設で暮らすことが選択できるのを理想に掲げて取り組んでいただけに、施設ではなく在宅そして地域という思想には大いに共鳴したものです。
小山さんの取り組みは、社会福祉法人という社会的使命を担う立場からの発想だけに、サテライト型特養も小規模多機能型施設そして「有料」も地域とのつながりを組み入れたものですので注文はありませんが、それが制度化されたり形態だけマネして作られたものにはその本旨がまったく伝わっていないだけに、ただただ受け入れ先が増えればいい稼げればいいというやり方だらけなので、根本的に認めるわけにいかないのです。
もう一つ、私は城東学園で2年間介護福祉士養成にかかわった経験があるだけに、介護人材の確保と育成にも強い関心があります。
私が務めていた1995年前後には定員の800人を上回る受験者で高卒の福祉の世界に夢を持った若者がほとんどでしたが、今では70人の定員の半分にも満たず多くはハローワークから給付金をもらって学ぶ社会人経験者で、その人たちが家賃を低く抑えた「有料」の安い給料で働くというブラックな環境になってしまっています。
特に弘前市内には看護学部を持つ大学が増え、病院でも配置基準を満たすために大量の看護師を必要としているだけに、同じケアの世界なら介護よりも看護の資格を取った方がよいという状況であるので、進路として介護をめざす人が少なくなっている現実の中で、職を変えるにあたって給付金があるなら介護でもといった人材しか集まらないのに次々と「有料」が増えていくというのでは、地域とのかかわりに問題があるだけでなく、そこで行われているケアの質そのものにも問題を抱えているといわざるを得ません。
これは簡単に解決できることではなく時間もかかる問題ですが、市としても介護をめざす新卒者を増やすために職場体験や総合学習で優良な施設や職員とふれる機会を増やしたり、進学の際のインセンティブを検討するなどの息の長い対策が求められていると思います。
これは、弘前市ばかりでなく国レベルで解決を図らなければならない問題ですが、そこであきらめるのではなく市としてあるべき介護の理想像を掲げて、そこで市としてできることを徹底的に考えるのが、政治家として求められることだと思います。
今の葛西市長は、介護保険料をアップさせないというお題目を唱えるだけで、具体的な対策も介護の理想も見えない中では、来年4月からの改定や次期介護保険計画でも市民の皆さんの期待に添うものは出てこないと思います。
それだけに、介護の世界を知り政治の立場そして市民の立場から物申すことには、次期出番をいただいた際には力点を置きたいと思っています。
福祉にかかわる立場として、私が一番影響を受けたのは新潟県長岡市の複合施設こぶし園の小山剛園長です。
こぶし園本体は定数100床の特養ですが、小山さんはその指導員時代に二人暮らしの妻が末期ガンで入院することになった夫をショートステイで受け入れるために迎えに行ったら首をつっていたという経験から、入りたくないと思われるような施設なら解体すべきだと過激ながらも至極まっとうな視点で従来の定数を20床程度のサテライトに分けて住み慣れた地域で住み替える形態を次々と提唱して制度化させた福祉の世界のリーダーです。
その後の東京進出など疑問に思うところもありますが、相馬村という狭い地域で30床の小規模特養を経営していた立場としては、できるだけ在宅サービスで支えて忍耐の限界となった場合に住み慣れた村の中で地域とともにある施設で暮らすことが選択できるのを理想に掲げて取り組んでいただけに、施設ではなく在宅そして地域という思想には大いに共鳴したものです。
小山さんの取り組みは、社会福祉法人という社会的使命を担う立場からの発想だけに、サテライト型特養も小規模多機能型施設そして「有料」も地域とのつながりを組み入れたものですので注文はありませんが、それが制度化されたり形態だけマネして作られたものにはその本旨がまったく伝わっていないだけに、ただただ受け入れ先が増えればいい稼げればいいというやり方だらけなので、根本的に認めるわけにいかないのです。
もう一つ、私は城東学園で2年間介護福祉士養成にかかわった経験があるだけに、介護人材の確保と育成にも強い関心があります。
私が務めていた1995年前後には定員の800人を上回る受験者で高卒の福祉の世界に夢を持った若者がほとんどでしたが、今では70人の定員の半分にも満たず多くはハローワークから給付金をもらって学ぶ社会人経験者で、その人たちが家賃を低く抑えた「有料」の安い給料で働くというブラックな環境になってしまっています。
特に弘前市内には看護学部を持つ大学が増え、病院でも配置基準を満たすために大量の看護師を必要としているだけに、同じケアの世界なら介護よりも看護の資格を取った方がよいという状況であるので、進路として介護をめざす人が少なくなっている現実の中で、職を変えるにあたって給付金があるなら介護でもといった人材しか集まらないのに次々と「有料」が増えていくというのでは、地域とのかかわりに問題があるだけでなく、そこで行われているケアの質そのものにも問題を抱えているといわざるを得ません。
これは簡単に解決できることではなく時間もかかる問題ですが、市としても介護をめざす新卒者を増やすために職場体験や総合学習で優良な施設や職員とふれる機会を増やしたり、進学の際のインセンティブを検討するなどの息の長い対策が求められていると思います。
これは、弘前市ばかりでなく国レベルで解決を図らなければならない問題ですが、そこであきらめるのではなく市としてあるべき介護の理想像を掲げて、そこで市としてできることを徹底的に考えるのが、政治家として求められることだと思います。
今の葛西市長は、介護保険料をアップさせないというお題目を唱えるだけで、具体的な対策も介護の理想も見えない中では、来年4月からの改定や次期介護保険計画でも市民の皆さんの期待に添うものは出てこないと思います。
それだけに、介護の世界を知り政治の立場そして市民の立場から物申すことには、次期出番をいただいた際には力点を置きたいと思っています。
2014年9月16日火曜日
敬老の日と「有料」のはざまで
この3連休は、さまざまなミッションの連続と酒席が重なっていましたので、思いきって筆を休ませていましたが、その最後の休みは国民の祝日・敬老の日でした。
兵庫県の山村での「としよりの日」からはじまった祝日ですが、現在では祝ってもらう側の65歳以上の方が国民の4人に一人を超える状況だけに隔世の感がありますが、全国各地で開催されている敬老会に介護を必要として入所されている人や住宅型有料老人ホームいわゆる「有料」に住んでいる人はどれだけ参加されていたでしょうか。
敬老の日にあたって、改めて「有料」のことを論じたいと思います。
弘前市内でも増え続けている「有料」は、ここ数年で隣の湯口町会にも2ヶ所建設されていますが、町会長さんの話ではその経営先から町会に加入させてほしいという話も来ないので町会とは無縁の存在だということでした。
最初の方は20室を超える規模ですから、20人以上の高齢者が敬老会の声もかからず市の広報も届かない場でただただ介護だけを受けて生活しているわけですが、皆さんの周りの「有料」もこれと同様の状況なのではないでしょうか。
ハッキリ言って、「有料」は現代における姥捨て山で、昔は親の命を奪うという負い目があり、今は入居費用を負担するという、背負うものの違いがあるだけです。
住み慣れた自宅や地域から、介護が必要になったというだけで追い出される人がこれだけ増えれば、当然ながら老人クラブ参加者も減るでしょうし、こういう形で命長らえる人が増えて短命県返上となっても何が喜ばしいのでしょう?
私自身は、福祉介護にかかわる人間として家族介護には反対の立場ですので、ここまで在宅以外の介護を希望する風潮がはびこり「有料」が増えていくという悪循環を絶つためにも、市として「有料」の今後一切の建設を止めるとともに、在宅サービスでの自宅介護を選択しやすいように介護休業などが取りやすくするために取得率に応じて企業にインセンティブを与えたり、在宅介護を推進する方向への意識づけを図るといった政策展開を提言します。
現在、市では介護保険財政の支出抑制のためにケアプラン点検などというバカげた対策に走っていますが、「有料」においてはサービスの囲い込み利用という問題だけでなく、施設入所者同様に24時間の見守りや介護が必要であるのに受けるサービスは在宅サービスでのケアプランという矛盾を、そんな小手先では支出抑制にも本来あるべき介護サービスにもつながるはずはありません。
本当に、介護とはどうあるべきか、住み慣れた地域で暮らし続けることの意義をどう実現していくか、真剣に考え、市として毅然とした根本策を打ち出す時期に来ていると思います。
兵庫県の山村での「としよりの日」からはじまった祝日ですが、現在では祝ってもらう側の65歳以上の方が国民の4人に一人を超える状況だけに隔世の感がありますが、全国各地で開催されている敬老会に介護を必要として入所されている人や住宅型有料老人ホームいわゆる「有料」に住んでいる人はどれだけ参加されていたでしょうか。
敬老の日にあたって、改めて「有料」のことを論じたいと思います。
弘前市内でも増え続けている「有料」は、ここ数年で隣の湯口町会にも2ヶ所建設されていますが、町会長さんの話ではその経営先から町会に加入させてほしいという話も来ないので町会とは無縁の存在だということでした。
最初の方は20室を超える規模ですから、20人以上の高齢者が敬老会の声もかからず市の広報も届かない場でただただ介護だけを受けて生活しているわけですが、皆さんの周りの「有料」もこれと同様の状況なのではないでしょうか。
ハッキリ言って、「有料」は現代における姥捨て山で、昔は親の命を奪うという負い目があり、今は入居費用を負担するという、背負うものの違いがあるだけです。
住み慣れた自宅や地域から、介護が必要になったというだけで追い出される人がこれだけ増えれば、当然ながら老人クラブ参加者も減るでしょうし、こういう形で命長らえる人が増えて短命県返上となっても何が喜ばしいのでしょう?
私自身は、福祉介護にかかわる人間として家族介護には反対の立場ですので、ここまで在宅以外の介護を希望する風潮がはびこり「有料」が増えていくという悪循環を絶つためにも、市として「有料」の今後一切の建設を止めるとともに、在宅サービスでの自宅介護を選択しやすいように介護休業などが取りやすくするために取得率に応じて企業にインセンティブを与えたり、在宅介護を推進する方向への意識づけを図るといった政策展開を提言します。
現在、市では介護保険財政の支出抑制のためにケアプラン点検などというバカげた対策に走っていますが、「有料」においてはサービスの囲い込み利用という問題だけでなく、施設入所者同様に24時間の見守りや介護が必要であるのに受けるサービスは在宅サービスでのケアプランという矛盾を、そんな小手先では支出抑制にも本来あるべき介護サービスにもつながるはずはありません。
本当に、介護とはどうあるべきか、住み慣れた地域で暮らし続けることの意義をどう実現していくか、真剣に考え、市として毅然とした根本策を打ち出す時期に来ていると思います。
2014年6月16日月曜日
有料老人ホーム、いりますか?
先日、選挙違反のことでふれた平川市長選事件ですが、今日の朝日新聞に社会福祉法人と政治という観点で大きく取り上げられていました。
記事と同じ内容の指摘も簡単にしてありますが、弘前市の場合は介護保険にかかわる入所施設は全国に比べて非常に高い整備率であること介護保険料の高騰を防ぐのには最も効果があることから、整備を認めていませんし今後も認めないと思いますので、ここまでの事例は起きないと思います。
それなのに、市民の皆さんの実感では老人ホームが増えていると思う方が多数であると思いますが、そう思っているのは「有料老人ホーム」という名の老人アパートなのです。
今回は、有料老人ホーム(以下、「有料」と記します)の問題点を考えてみたいと思います。
2000年の介護保険制度施行以前からこっそりと存在していた「有料」ですが、弘前市では3年経った第2期介護保険料が高騰したことをふまえて、指定の入所施設である特別養護老人ホーム・老人保健施設、これに続いてあっという間に全国最高水準の整備率となったグループホームの建設に関しては許可しないことにしました。
そこで、事業を拡大したい介護事業者やこれまでの事業が立ちゆかなくなって参入を図った異業種が目をつけたのが、「有料」と入所施設ではない扱いになっている短期入所=ショートステイです。
「有料」の場合は、それ自体では指定の施設ではないので家賃収入しかないのですが、自分たちで経営もしくは連携しているデイサービスに通わせたりヘルパーを派遣することで介護保険収入も入る形にして経営が成り立つようにしています。
デイやヘルパーは、在宅サービスであるとともに事業認可するのが県なので、市の介護保険課では仮に「有料」とセットになっているとわかっていても意見書を出さずに申請をさせないという荒療治まではできないでしょうから、もし市が野放図な「有料」増殖を食い止めたいと思うなら、建物としての建築確認を出さないという別件逮捕のような手段しかないのです。
葛西市長は、2期目にあたって次期介護保険料は上げさせないと口にしていますが、「有料」に付随するデイやヘルパー、そしてこれも県の認可であるショートが増えている現状では上がらないわけがありませんし、他の財源を投入して額を抑えるのではごまかしでしかありませんので、この件では過ちを認めた上で市民にも「有料」規制をするへの理解を求めながら手を打つべきだと思います。
ところで、ご存じのとおり福祉介護にかかわってきた立場であるのに、なぜ事業者側に立たないのかと思われる方もあるでしょう。それは、「有料」が社会のためにならないからです。
私が知っている限り、介護保険制度以前からある特養や老健は、立地している地域とのご縁がしっかりとあり、行事に地域のかたがたを招いたり自分たちが地域に出て行ったりということを多かれ少なかれやってきたと思いますし、そのことで社会福祉法人もしくは医療法人としての理念を実現してきたと言えます。
しかし、近年増殖した「有料」は地域とは隔絶した存在で、交流もなければ住民として町会費も払わないでいるところがほとんどですが、それが施設ではなく老人アパートであるだけに福祉の観点から改善を求めることもできません。
こういうところに、介護の負担を解消するために高齢者が押しこまれてしまえば、送り出した側の地域にも住み続けてきた高齢者がいなくなるということで、こちらでもコミュニティが崩れていく要因となってしまいます。
二重の意味でコミュニティを崩壊させていく「有料」を、政治にかかわりながら地域を守っていく立場としては認めるわけにはいきません。
それでも介護に困っている人には必要なんだから、という反論も当然あるでしょうが、訪問看護ステーションを経営した際には、末期ガンで治療の施しようのない方が退院を迫られて自宅に帰されたのをヘルパーとともに朝夕訪問を組みこんで対応し、相馬という小さな地域でも2年間で6件も看取ることができ、そのたびにご家族から「どうなるかと思ったけど、家で看取ることができてよかった」とお礼を言われる経験があるだけに、介護保険制度の本旨である在宅介護で対応できるし対応できることを市民にもっと知ってもらうことが大切だと思っています。
そもそも、介護は40歳以上から保険料が徴収されても、実際にサービスを受けるのは65歳以上でも2割にしかならないのですから、負担だけで終わる人が多い仕組みです。
それだけに、介護保険料を抑えるというのは必要なことですので、そのためにはどうあるべきか、皆さんにも考えていただきたいと思います。
記事と同じ内容の指摘も簡単にしてありますが、弘前市の場合は介護保険にかかわる入所施設は全国に比べて非常に高い整備率であること介護保険料の高騰を防ぐのには最も効果があることから、整備を認めていませんし今後も認めないと思いますので、ここまでの事例は起きないと思います。
それなのに、市民の皆さんの実感では老人ホームが増えていると思う方が多数であると思いますが、そう思っているのは「有料老人ホーム」という名の老人アパートなのです。
今回は、有料老人ホーム(以下、「有料」と記します)の問題点を考えてみたいと思います。
2000年の介護保険制度施行以前からこっそりと存在していた「有料」ですが、弘前市では3年経った第2期介護保険料が高騰したことをふまえて、指定の入所施設である特別養護老人ホーム・老人保健施設、これに続いてあっという間に全国最高水準の整備率となったグループホームの建設に関しては許可しないことにしました。
そこで、事業を拡大したい介護事業者やこれまでの事業が立ちゆかなくなって参入を図った異業種が目をつけたのが、「有料」と入所施設ではない扱いになっている短期入所=ショートステイです。
「有料」の場合は、それ自体では指定の施設ではないので家賃収入しかないのですが、自分たちで経営もしくは連携しているデイサービスに通わせたりヘルパーを派遣することで介護保険収入も入る形にして経営が成り立つようにしています。
デイやヘルパーは、在宅サービスであるとともに事業認可するのが県なので、市の介護保険課では仮に「有料」とセットになっているとわかっていても意見書を出さずに申請をさせないという荒療治まではできないでしょうから、もし市が野放図な「有料」増殖を食い止めたいと思うなら、建物としての建築確認を出さないという別件逮捕のような手段しかないのです。
葛西市長は、2期目にあたって次期介護保険料は上げさせないと口にしていますが、「有料」に付随するデイやヘルパー、そしてこれも県の認可であるショートが増えている現状では上がらないわけがありませんし、他の財源を投入して額を抑えるのではごまかしでしかありませんので、この件では過ちを認めた上で市民にも「有料」規制をするへの理解を求めながら手を打つべきだと思います。
ところで、ご存じのとおり福祉介護にかかわってきた立場であるのに、なぜ事業者側に立たないのかと思われる方もあるでしょう。それは、「有料」が社会のためにならないからです。
私が知っている限り、介護保険制度以前からある特養や老健は、立地している地域とのご縁がしっかりとあり、行事に地域のかたがたを招いたり自分たちが地域に出て行ったりということを多かれ少なかれやってきたと思いますし、そのことで社会福祉法人もしくは医療法人としての理念を実現してきたと言えます。
しかし、近年増殖した「有料」は地域とは隔絶した存在で、交流もなければ住民として町会費も払わないでいるところがほとんどですが、それが施設ではなく老人アパートであるだけに福祉の観点から改善を求めることもできません。
こういうところに、介護の負担を解消するために高齢者が押しこまれてしまえば、送り出した側の地域にも住み続けてきた高齢者がいなくなるということで、こちらでもコミュニティが崩れていく要因となってしまいます。
二重の意味でコミュニティを崩壊させていく「有料」を、政治にかかわりながら地域を守っていく立場としては認めるわけにはいきません。
それでも介護に困っている人には必要なんだから、という反論も当然あるでしょうが、訪問看護ステーションを経営した際には、末期ガンで治療の施しようのない方が退院を迫られて自宅に帰されたのをヘルパーとともに朝夕訪問を組みこんで対応し、相馬という小さな地域でも2年間で6件も看取ることができ、そのたびにご家族から「どうなるかと思ったけど、家で看取ることができてよかった」とお礼を言われる経験があるだけに、介護保険制度の本旨である在宅介護で対応できるし対応できることを市民にもっと知ってもらうことが大切だと思っています。
そもそも、介護は40歳以上から保険料が徴収されても、実際にサービスを受けるのは65歳以上でも2割にしかならないのですから、負担だけで終わる人が多い仕組みです。
それだけに、介護保険料を抑えるというのは必要なことですので、そのためにはどうあるべきか、皆さんにも考えていただきたいと思います。
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