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2014年10月26日日曜日

伝統芸能を学ぶ機会を

先週の南相馬市に続いて、今回は北三陸の野田村文化祭そして廃校を活用した「あーとびる麦生」での渋谷和生一行のコンサートをプロデュースする形で一緒させていただきましたが、こんなありがたい日に東京で津軽三味線合奏ギネス記録の新聞記事を読むはめになりました。
趣旨としては東京五輪への盛り上げのためだそうですが、これまでの記録のように弘前市(当時は岩木町)や青森県がかかわるのでもなく秋田の方が代表で挑むというのに違和感を感じ、そこに当代一の三味線奏者がかかわっていないことに安堵するという複雑な気持ちでした。

ギネス記録が気になるのは、私自身が2011年7月のねぷた囃子合奏の横笛ギネス実行委員会の一員として参画し記録更新にかかわったからでもありますが、この時はギネス記録更新そのものが目的ではなく、この取り組みを通じて小中校生にねぷた囃子に興味を持ってもらえるように塩ビ管での横笛を学校に寄贈し、次世代が伝統芸能を継承していくきっかけを作ろうというのが本旨でした。
それもあって、イベントや記録更新だけに関心があった人たちが去ったところで、ギネス実行委員会は「津軽笛の会」と看板を変え、笛博覧会や各団体・町会での囃子講習会、さらには学校に出向いての出前授業などを通じてねぷた囃子・登山囃子の普及にコツコツと取り組んでいます。
これは代表である佐藤ぶん太、の情熱あってこそですが、管工組合の善意によって無償で塩ビ笛を各校に寄贈できたことで後は講師役が足を運ぶだけという環境ができたことは大きく、それからすると津軽を代表するもう一方の音色である三味線を出前授業して生徒たちに体験してもらうのは道具の準備からしても大変なことです。
市内では、学校単位で取り組んでいる例としては先日亡くなった女流三味線奏者・まんじ愛華さんがかかわっていた二中くらいしか聞いたことがありませんし、そもそも三味線そのものにふれてみる機会すらなく育ってしまえば、私のように弾くものではなく聴くものという人間に終わってしまうだけに、何とかならないものかと思っています。

そんな私が伝統芸能や三味線民謡にひかれたり大事に思うきっかけだったと思うのは、中学校時代の恩師が「東京で津軽出身だといえば民謡歌えるでしょと言われるから、一曲くらいは覚えなさい」と、確か弥三郎節や嘉瀬の奴踊りといった、そんなに節回しの難しくない民謡を学活の時間に歌わせたことだったと思い出されます。
教員本人にそんなことまでは求めませんが、やはり中学校までの時期に津軽の伝統芸能にふれる機会そしてねぷた囃子のメロディリズムならわかるとか民謡一節なら歌えるというくらいまでは学ぶ機会を必修で取り組むべきだと思います。
何といっても、ねぷた囃子も津軽三味線も心の底から「じゃわめぐ」ものですし、こういうエモーショナルな感覚を体感しておくことは、情熱を持って物事に取り組む人間を育てる上でも大事なことだと思います。

皆さんの周りの小中学校では囃子や三味線にふれる機会はありますか?あるといいと思いませんか?

2014年7月23日水曜日

記録でなく伝統芸能を残す支援を

今夜は地元唯一のお寺・覚応院の宵宮、PTAの巡回の役もありましたので足を運んだのですが、日中の雨がたたって出店は取りやめとなり、明日の例大祭での秘仏28年ぶりのご開帳を前に残念な形となりました。
それでも、19:00頃には雨が上がっていたので、予定していた紙漉沢獅子舞は行われて、集まった人たちを楽しませてくれました。

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それに合わせて、市職員がスタッフとともに撮影に来ていましたが、これは伝統芸能を映像に収めて保存する事業の一環だと思います。
それ自体はまったく何もせずに廃れて見られなくなるよりはよっぽどマシなことですからキチンと進めてほしいと思いますが、津軽は獅子舞だけでなくお山参詣の登山囃子、さらには津軽神楽といった伝統芸能がいくつもあります。
今日の獅子舞にも、相馬ねぷた愛好会の会長もお山参詣相馬有志会の先立ちの方も加わっていましたので、両方に加えていただいている私もそれぞれあいさつを交わしておきましたが、ねぷたはまだしも他の伝統芸能にはご縁がないという人の方が多いだろうと思います。
その点でも、相馬に住む私は恵まれた環境にありますし、いい経験をさせてもらっていると感謝していますが、相馬でも以前はいくつかあった獅子舞が戦後には3団体になり今では紙漉沢と黒滝の二つになってしまったように、伝統芸能を維持継承していくのは人口減少とともに難しくなっているのが現実です。
それでも、岩木地区の五代獅子舞では町会ばかりでなく市内からの囃子方まで加わって維持している実例があるように、ねぷたという土台があるだけに当該団体が門戸を開きさえすればまだまだ継承の可能性は残っていると思います。

ただ、伝統芸能は宗教とつながりのあるものがあるだけに行政からの支援が難しいところがあるのは重々承知ですし、それだからこそレッツウォークお山参詣が岩木山神社の鳥居をくぐる前に終わるような始末になってしまうのですが、単に記録として残すのではなく維持継承するための支援を真剣に考えるべきではないかと思います。
例えば、以前相馬小学校でも総合学習を利用しながら獅子舞を練習する機会を作っていたように学校という場をいかす方法もあるでしょうし、文化財保護課から各団体に働きかけて門戸を開くところを優先して記録していくといったインセンティブを考えるといったこともあっていいと思います。

その意味でも、まずは津軽の伝統芸能そして文化を市民に知ってもらうようにするのが何より大事だと思いますし、自分でできる範囲では自らやっていかなくてはと思っています。