今日は町会の庶務で過ぎてしまいましたが、その中で目に止まった記事がありました。
相川俊英さんの「地方自治”腰砕け”通信記」という地方政治にまつわる連載で、今回は愛知県豊明市議会の定数削減にからめて、定数で当選者を決めるのではなく当選となる得票数を定めるという奇想天外な選挙制度とともに、議員報酬も住民税の増減に連動した成果主義制度にすべきだと提言していました。
相川さんは、「議員報酬を固定部分と変動部分に分け、変動部分をたとえば当該自治体の個人住民税額に連動させるのである。議会・議員の活動が地域の暮らしやすさの向上に寄与したら、個人住民税の増額につながるのでは、と考えてのことだ。」としていますが、議会にとっての成果とは何なのか、この機会に考えてみたいと思います。
議会としての成果というと、まず思い浮かぶのが議会基本条例制定といった議会改革だと思いますが、先進事例と注目されるようになれば視察が増えて経済効果を生むという副次的効果が上がることはありますが、改革そのものは手段であり、改革したことによってどういう成果を生み出せるようになったかが問われることになります。
相川さんの試案では、議会活動が住民税が増えるような暮らしやすさの向上につながったかどうかということですが、これは議会がどのような活動をすればいいのか具体的なものがなく、そもそも議会の活動が暮らしやすさや住民税に反映されるかという疑問がもたげてしまいます。
そこで考えられるのは、一般質問や予算審議などを通じて提言したものがどれだけ政策として形になったかということですが、議員提案での条例制定という最高の形になったとしても、市民生活の向上につながったかどうかは別の視点から見極めないといけません。
例えば、岩手県奥州市では旧江刺市の時代に地産地消条例が制定されましたが、実際に地場産品の消費量がどれだけ増えたかどうかを測定することをしなければ見えませんし、そうやって確認できそうなものであればまだしも、理念を条文化したものであれば何を測るかさえも見えてきません。
さらに、議決を経た条例であれば議会としての成果物と言えますが、議員個人の質問提言であれば、それが本当に施策につながっているのかわかりませんし、そもそも提言であれば一般市民でもアイデアポストへの投稿といった形でできることですから、議会固有の権能だというわけではありません。
こうやって消去法的に考えていくと、手前味噌ながらすべての事務事業を仕分けして、ムダはなかったか、また目標の達成や成果の面から次年度も継続すべきかどうかを洗い出して、不要な支出を毎年5%削減させるといった作業を議会全体で取り組むというのが、活動が形として見えるという意味では一番わかりやすいと思います。
こうして見つけたムダを、議員や市民の提言した事業に振り向けるという議会版1%システムのような形にすれば、議会の活動が市民生活の向上につながりますので、市民の皆さんからも議会不要論や報酬・定数削減を突きつけられなくなるのではないでしょうか。
議会改革の先進地として名をはせている会津若松市議会は、市民との意見交換会から政策形成につなげていくところまで進めていますが、これも議会内部の改革ではなく市民と向き合い一緒に考えるということでは同じ方向を向いていると言えると思います。
皆さんにも、議会は何を実現できたら成果を上げたといえるのか、議会は必要だと思えるのか、考えてみていただきたいと思います。
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