2014年11月21日金曜日

健さんのためにも官舎を守ろう


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戦後を代表する名優・高倉健さんが亡くなられて、自分のこづかいで映画館に行くようになって最初の頃に観た「野生の証明」、代表作の「幸せの黄色いハンカチ」、そして当時の青森県民は全員観たとまでいわれる「八甲田山」の3本を立て続けに見直して、日本の男を演じきった姿に感動を新たにし、涙に暮れているところです。
とりわけ、「八甲田山」は健さんや北大路欣也さんの名演ばかりでなく、冬の八甲田山の厳しさを撮りきった場面と津軽の春夏秋の美しさが対比される映像だけでも感動を与える、真の名作であることを確認できました。

ご存じとは思いますが、「八甲田山」は日露戦争直前の1902年に当時弘前に本部が置かれていた第八師団の青森5連隊と弘前31連隊が競うように冬期の八甲田山踏破をめざした雪中行軍を行い、少数精鋭で臨んだ31連隊は弘前から十和田湖から八甲田に回る長行軍を成功させたのに対し、210人の大部隊で臨んだ5連隊は猛吹雪と指揮系統の乱れが重なり199名の犠牲者を出すという明暗の分かれた事件を映画化したものです。
ここで描かれている第八師団の師団長官舎や社交場であった弘前偕行社などの建物が現存しており、それが撮影でも使われていただけに、北海道ほどではなくても健さんゆかりの撮影地として観光に活用できるチャンスが訪れたというのに、その当時とは似ても似つかないスタバにしようというのはいかがなものかと改めて思います。
スタバ問題では市民の賛否が分かれているというより、判断をするにも情報が少なく説明を足りないままに拙速に進めているのが現実なのですから、来年は宮沢賢治第八師団来訪90年という節目の年でもありますので、来年いっぱいは現状のままで軍都・弘前を伝えるために保存しておいて、その間に市民にもわかる納得できる形に収まるように話し合うべきです。
今回久しぶりに見直して思い出したのは、第八師団では追悼のために弔い行軍を実施していたそうで、第1回全日本スキー選手権に出場したという祖父がスキーを履いてしんがりで落伍者を助ける役をしたという自慢の思い出を語ってくれたことでしたが、それだけ地元ならではの思い出をお持ちの方もあることでしょうし、戦後70年で振り返っておくためにも、来年は大事に慎重に臨むべきだと思うのです。

その思いを理解してもらうためにも、そして健さんを偲んでもらうためにも、ぜひ「八甲田山」観てください。