2015年3月31日火曜日

医療崩壊に先手を打とう

あまり大きい取り扱いではありませんが、小児科輪番から黒石病院が外れ、外科輪番から小野病院が離脱して4病院での対応になるという救急医療にかかわる気になる記事が報じられていました。
これでただちに救急が機能しなくなると言うことではありませんが、この数年は考えることもなくなった医療崩壊について先手を打っておかなければ、気がつけば手遅れともなりかねません。

振り返ってみれば、8年前の市議選の頃には医療崩壊が声高に叫ばれ、私も重要課題の一つとして問題提起しましたし、当選後には議員全員に呼びかけての救急医療勉強会を3回開催し医師会でも講師派遣や会場提供などで積極的に協力してくださり、弘大では卒業生でもあるこの分野のオピニオンリーダーである本田宏先生の講演会を開催するほど、当時は市政サイドも医療側も危機感を共有していました。
3年後の市長選までには弘大附属病院に高度救命救急センターが整備されることになったので、救急という難題は争点とはなりませんでしたし、その後は県と連動しての健康寿命アップによる短命県返上の方向に力点が置かれてきましたので、救急の問題は忘れられてきたのです。
この間も、弘大医学部への地元からの推薦枠が広がったものの市立病院など津軽の病院への研修医希望が伸びないというほころびは見えていたのですから、より早い段階での対応が必要であったというのは後の祭りな話ですし、この点は反省しなければなりません。

一方、5年前にまとめた「市政を変えるマニフェスト」では、医療に関して健康福祉戦略会議を設置し、その後医師会から特別職を招へいして戦略室をおくことで、行政と医療の連携を密にし津軽一円の医療体制をリードすることを提唱しています。
これは、葛西市政での「医都ひろさき円卓会議」という形で協議の場ができて反映されたばかりでなく、医療ではないものの民間からの登用がはじまり未来戦略センターでは医療や介護の問題にも踏みこむとしていますので、マニフェストのおいしいところを持っていかれている気もしますが、今回の救急輪番離脱の事態に直面してみますと、医療の特別職がいて先手を打ってくれていればと思ってしまいます。
これだけが解決策とは思いませんし、何よりもスピード感を持って対策を打ち市民に安心感をもたらす必要がある問題ですので、こういう時にこそ緊急で円卓会議を開催して医療サイドからのアイデアを受けとめてこそ、設置の意義があるというものです。

これはきっと、市議選後の焦点となる問題ですので、市民の皆さんにも関心を持っていただきたいと思いますし、私も関係者の一人として積極的に動いていきたいと思います。

2015年3月30日月曜日

メールサービス次々と終了

いつもは午前中に発行される弘前市メールマガジンですが、夕方に遅れて届いたのを確認すると、今回が最終号ということでした。
これより早く除雪通知メールも安心・安全・生活情報メールも終了の案内がありましたので、私からすれば連動の工夫をしてでも続けてほしかったメールサービスが全滅することになってしまいました。残念です。

除雪と生活情報は違うシステムでのメールサービスになるのだそうですが、市メルマガに関してはFacebookやTwitterでの情報発信があると誘導していましたが、自分で見にいかなければ確認できず、その上ドンドン他の情報と一緒に流されていってしまうプル型では気づかずに終わることも多いですし、プッシュ型であるRSSでも一定期間たてば情報は消えていくだけに、テキストで永久に保管できるメールでの情報提供が行政としての情報発信に最適だと思うのですが、いくらやっても発行目標に届かない現状に仕分けされたのだと推察します。
FacebookなどのSNSや先日紹介したi広報紙というアプリといった最先端への適応は必要なことではありますが、枯れたサービスでも達成しようとする成果に見合うのであれば淡々と使うべきですし、今回の終了は少し前がかりになりすぎている感じがしますし、何よりなぜ発行目標に到達しなかったのかの反省がなされなければ、やめる意味すら見失ってしまうことになります。
私としては、一日分の最新情報のRSSをまとめた情報のみのメールサービスでも行ってほしいと思いますし、何といっても編集後記という形であっても個人の思いが見える情報発信はメルマガだけでしたので、Twitterでのつぶやきが無機質な最新情報だけでなく中の人の不用意な発言も時折あるようなやり方にチャレンジしてほしいと思っています。

その意味では、葛西市長が公式な所信表明などだけでなく、市長Blogやメルマガで自らの思いや新規施策の説明を語ることからはじめないと、職員が思いを発露させるのは僭越という気持ちのままでしょうし、市民にも思いや真意が伝わりませんので、このことは提案したいと思います。

2015年3月29日日曜日

総会で立会演説会

3月下旬に行われる町会の総会には多くの住民が出席することもあり、翌月に選挙となる立候補予定者にとっては自らをアピールできる絶好の機会です。
相馬地区には16の町会があり、今年は第5日曜があったために4日に分散する形となり、21日3町会・22日4町会28日1町会、今日は8町会で総会が行われ、相馬出身の現職2名と私とであいさつ回りをしましたが、それぞれの地元町会には遠慮してもらう暗黙の了解とある町会からは全員よく知っているからわざわざのあいさつ不要という申し渡しがあり、実際には12町会であいさつさせてもらいました。
私としては、せっかくの機会であり同じ町会長として先方との連絡調整にあたった責任もあり回れるところすべてに足を運びましたが、現職は他の用事を優先させて欠席することもありましたが、ある程度支持がはっきりしている地元よりも他での働きかけが大事だという思いもあってのことと推察されます。

開会前もしくは閉会後の懇親会に移るところで時間をいただく形ですので、長々と自分の思いや約束を語るわけにはいきませんが、それでも現職の二人でも是々非々で臨んだことを強調するのと定数削減を実現させたと主張するように、議会での役割や立場の違いがはっきりわかるだけに、短い時間であっても立会演説会の意味合いがああります。
私の場合は、まずは4年前の落選のおわびをし、一市民としての4年間や町会長としての立場から見える市政の問題を何とかしたいという思いで議場に戻りたいことを主軸にしながら、それぞれの町会とのかかわりにつながる話題を織りまぜる形で話しましたが、こうして語っているうちにどこに力点を置くべきかが見えてきますし、あいさつの機会が現職に比べて少ない立場だけに、一種のリハビリにもなっています。
ちなみに発言順は長幼の序を守っていましたので、現職二人がジェントルに3人全員の当選や投票率アップを訴えた後で一番非力な私にぜひともご支援をと締めくくる形でした。

何はともあれ、あいさつ回りに明け暮れているうちに投票日まで1ヶ月を切りましたので、もっともっと動いていかなくてはなりませんし、それにしても盛り上がりを感じられない低調さを打開していかなくてはなりません。

2015年3月28日土曜日

マイスターは指定管理者

新聞で面白そうな企画を目にしたので、船沢地区宮舘にある国指定名勝瑞楽園に足を運びました。
瑞楽園は、弘前藩独特の庭園様式である大石武学流庭園の一つで、当地の豪農對馬氏が1839年に建てられた旧家の庭園として1890年から二度にわたって整備された名勝で、1979年に国からの指定を受けて市が管理しています。
今回の講師は、LCで一緒した三浦造園の三浦利吏さんで、先日すぐれた技術者として弘前マイスターに認定されたばかりでしたので、旧知の仲間が自分の仕事である日本庭園と市の文化財である瑞楽園についてどんな話をするのか楽しみでした。thumb_IMG_3230_1024-2015-03-28-10-30.jpg

少し遅れての参加となりましたが、日本庭園の流れから津軽の庭園の歴史、庭園の造作物の見方、それをふまえての瑞楽園庭園の特色を気どらない雰囲気で語ってくれ、つくばいと手水鉢の違いでは「こういう詳しいことは造園業者でも知らないことが多いので質問しないでください」とオフレコ話を盛りこむなど、楽しく勉強になりました。
さすがマイスターと思いながら資料に目を通していると、この庭園の指定管理者は三浦造園となっており、後ほど聴くと昨年から受託しているのだそうで、この講演会も指定管理者としての自主事業の一環なのだそうです。
それでもなかなか来園者が増えなくて市から尻を叩かれることが多く、新年度には佐藤ツリばっちゃの津軽昔こ村の皆さんによる昔話や渋谷伯龍さんの津軽弁講座なども企画しているのだそうで、両方とも野田村支援でお世話になった私としては庭園のすばらしさを見るためにも何度も足を運ぶことになりそうです。

それにしても、市が認める人材が市の文化財を管理し、そこで新たな取り組みをはじめるというのは、指定管理のあり方としてもいい事例ですし、もっと拡げていくべき方法だと思いますし、それだけの人材がいるのも弘前市の強みです。
早春の陽ざしばかりでなく、明るい気持ちになるひとときでした。

2015年3月27日金曜日

アプリで広報ひろさきが読める

これはまだ地元紙では掲載されていない情報ですが、市のサイトで「広報ひろさき」を購読できるアプリを紹介していました。
「i広報紙」というのがそれで、市のだけでなく函館市や宮古市など数十の登録自治体の広報紙も一緒に購読することができますので、他市の情報を得たり広報紙のできを比較することもできます。
また、記事を選択してスクラップブックに保存できたり、主要な電話番号がわかる「くらしの電話帳」という昨日もあって便利ですが、広報紙そのものを写真データかしたものなので、記事内の電話番号から発信したりURLジャンプできないのが唯一の弱点です。
何といっても、町会長として毎号配布している広報が届いてもいないうちにiPhoneで購読できるというのは、うれしいような今後の配布作業が徒労のような複雑な気分ですが、まずは皆さんにもお試しいただきたいと思います。

それにしても、広報そのものは県下の広報紙コンクールで最優秀を今年も受賞しましたし、市のサイトも3月にリニューアルされ、最新のデバイスやアプリにも素早く対応していくなど、情報発信の分野ではめざましい進展が目につきます。
また、市役所やヒロロ、弘前公園など公共の場にWi-Fiが用意される箇所も増え続けており、在職時に無線LANの整備を要望してもけんもほろろだったことやTwitterアカウント取得にも壮大な手間がかかったことがウソのようです。
ただ、「いいね!」が県下一といわれるFacebookページを持っていても、情報発信はしてもSNS本来の機能である双方向のやりとりというのはされていませんし、NHKのTwitterアカウントなどで中の人の思いが見え隠れするのが話題になるようなこともおきませんし、生身のやりとりがないのは広報であっても広聴の部分が欠けているように思います。

この部分では、広報があってこその広聴になるわけですが、広聴広報課ばかりでなく各課の課長補佐以上であれば自らの発言に責任を持ちながら市民からの質問に答えたり取り組んでいる事業に対する思いを発露するような取り組みが次の段階として検討してほしいと思います。
ちょうど、部長級である佐々木公誠さんが人材育成課から広聴広報課に異動となったところですので、期待したいと思います。

2015年3月26日木曜日

予約型乗合タクシー拡充の前に考えるべきこと

今日の地元紙には両方とも公共交通の記事がありましたが、陸奥新報では弘前駅と中央弘前駅・大鰐線千年駅と安原地区を結ぶ乗合型サービスの実施がメインで相馬地区で実施中の予約型乗合タクシーについては現況のみを報じていましたが、東奥日報では相馬での実証実験をふまえて夏頃から本格稼働させることを中心にしています。
この予約型乗合タクシーの問題点は先日指摘したとおりですが、フォローアップというにはお粗末なまま本格的に展開していくことに懸念を感じます。

紙上では、昨年2月からの実証実験でバス運行当時とほぼ変わらない利用者があり、一方で赤字幅が6.3万円から3.4万円へと大きく減じることができたのが最大の成果のように報じていますが、利用したいと思っても利用できない時刻表のままだったり携帯型予約機の実験までしても当日の流れで帰りの便の変更が気がかりで結局タクシーで帰ってきてしまうといった利用者の声よりも、とにかく赤字を何とかしたいというのが見え透いてしまう記事でした。
この事業によって、弘南バスの赤字縮小ばかりでなく、乗合型タクシーを請け負ったタクシー協会には補助金が入るというプラスがありますが、それを補てんするのが市の財政なのですから、結局は市民にツケが回ってくるやり方です。
これを仮に市内全域の赤字路線で展開するとなれば、現在の一社対応ではとても不可能な話ですし、通学通勤のために便数が必要となる朝夕にタクシー会社が全力をあげて対応すれば今度はタクシーを利用したい本来のお客様や観光客への師匠も考えられるだけに、新年度策定を予定している地域公共交通再編実施計画でしっかりとしたニーズ調査や影響を分析した上で、一ヶ所ずつ実施路線を増やしていくくらいの慎重さが求められる問題だと思うのです。

路線ごとの成否という問題もありますが、コミュニティバスの成功事例では総じて地域の協力ばかりでなく地域が主体となって活路を見いだす動きを見せているのに対し、相馬での実証実験は市と業者とで話を決めて地元に押しつける形ではじまり、その後も中間報告もなければ住民から意見要望を聴くという場ももうけないままで、バス問題を地域の自分ゴトとしてかかわってもらおうという姿勢がまるでありません。
最初の実験台ですらこんな状況では、全面展開ともなれば有無を言わさず切り替えていくのは必定でしょうから、赤字路線の郊外部では軒並みバスを奪われて場当たり的な乗合タクシー導入となり、早晩全面的には展開できない仕組みだと明らかになって、利用者の少ないところから切り捨てられていくという暗い未来図が予想できます。
こんな赤字幅圧縮でも手柄として、県から出向している浅利都市計画課長は相馬に足を運ぶこともなく都市環境部長へと昇進するのですから、何とも虚しい気がしますし、本当に地域における公共交通問題を自分ゴトとして考えてくれる職員が市民と一緒に取り組むという体制にはなり得ない現状に怒りすら感じます。

先日も警告しましたが、今度は本当にあなたの地域のバス路線がターゲットです。同じ立場となる皆さんと手を携えて対抗していきたいと思っています。

2015年3月25日水曜日

野田村を姉妹都市に

弘前市•津軽からの野田村支援は、発災の日から遅れること2週間となる3/24で、丸4年となりました。
支援にかかわってきた者としての思いは別のBlogでお知らせしたとおりですが、支援から交流へと言われながらも、現実には交流の絆は細くなっていく一方で、昨日も一番最初のご縁をつないでくださった方から、「忘れないでください」と言われたのが耳に残っています。
震災から何を学ぶかについては先日述べたとおりですが、せっかくのご縁を生かし続けていくために、野田村を新たに姉妹都市とすることを提言します。

現在、弘前市には群馬県太田市・北海道斜里町の二つが姉妹都市で、太田市は江戸時代の弘前藩の飛び地があったこと、斜里町は北方警護の藩士が殉難したのを手厚く祀ってきてくれたことを所以としています。
ちなみに、旧岩木町では北海道美瑛町・ミルウォーキー市が姉妹都市であり、旧相馬村にはありませんでしたが、旧岩木町の分は継承されず、旧弘前市のものだけが続いている形です。
今年は3市町村が合併して10年ですが、この間で一番ご縁が深まったばかりでなく弘前市の名を高らしめてくれた最大のパートナーが野田村であるのは論を待たないところです。
この節目の年に、そのパートナーとのご縁を今後とも大切にしていくと内外に宣言するのに姉妹都市というのはうってつけのものですし、弘前市は大震災を忘れないと誓うことにもなります。

これが実現すれば、桜まつりや食と産業まつりなどで野田村の産品を販売してもらったり、ねぷたまつりへの招待が再開するといった働きかけもしやすくなりますし、そのことで商工関係者もイベントだけでなくビジネスの面でも目を向けてくれるきっかけになるはずです。
また、海を持たない弘前市が海のある野田村から恩恵を受けたり、雪のほとんど降らない野田村の子どもたちをスキーに招待するという相補的な交流も考えられますし、逆に実際は野田村は海のエリアより山間部での生活圏が広いだけに、地形的にも人口的にも同規模となる相馬地区との地域間交流を進めるといったアクションがいくつでも起こせます。
規模が釣り合わないというのであれば、野田村だけでなくお隣久慈市は津軽家の出自の地という説がある旧縁あるところですので、北三陸2自治体との縁組で注目を集めるのも考え方だと思います。

この姉妹都市での交流継続はぜひとも実現させたいと思いますし、そのことを必ずや主張提言したいと思っています。

2015年3月23日月曜日

選挙管理委員会に期待する

市議選の立候補予定者説明会があり、会場に各陣営顔をそろえたので、いよいよ本番と気が引き締まりました。
明日の新聞で人数や新旧の内訳はわかるでしょうから、今回は説明会の質疑応答で気になったことを記しておきます。

まず、選挙公報の原稿について畑山市議が提起したことですが、提出された原稿をそのまま写真製版するのであればデータでの提出の方が手間がかからないので今回は無理でも次回に向けて検討してほしいということでしたが、これは言われてみればそのとおりですので、ぜひ実現してほしいと思います。
そして一番やりとりが続いたのは、ネット選挙に関することで、届け出の際にWebサイトを記入とあるが記入したものだけ利用できるのかFacebookやTwitterも記入しておかなくてはならないのかという最初にありました。
続いて、一般ユーザーがシェアやRTするのはどうなのかという質問があったのですが、選管事務局ではそこまで検討していなかったようでしどろもどろに禁止されていると答えましたが、候補者側でコントロールできるものではないだけに、出席者の間でも禁止だ解禁だとやりとりがはじまり、さらにはうちの陣営には無縁だという発言があったりで、ざわついてしまいました。
この件に関しては、ネット選挙解禁以前にもサイトを更新しツイートしてもおとがめはありませんでしたし、一般ユーザーが勝手に拡散させるのであれば、そこまで目を光らせることは不可能ですから、禁止とはいっても実際にはやり放題だと思いますが、陣営で拡散を画策するのであれば悪質なだけに摘発の対象となることもあり得ると思います。

それにしても、解禁後に市長選挙がありましたので、ネット選挙に関する想定問答はできているものと思っていましたが、そこで何も突きつけられなかったせいか、まったくの準備不足が露呈してしまっただけに、選挙管理委員会は大丈夫なのか心配になりました。
それでも、12月には来年の参議院議員選挙では実現させたいと悠長な話をしていたヒロロ・弘大での期日前投票を、低投票率打開のために今回の統一地方選まで繰り上げた実績もあるだけに、選挙への関心を高めるネット活用の弾力的運用も積極的に進めてほしいと思います。

何はともあれ、今の選挙管理委員長は相馬村出身の成田満さんですし、ぜひとも当選証書をいただけるよう、がんばりたいと思います。

2015年3月22日日曜日

進む経営計画と消えた庁内FAのはざまで

定例会最終日にサラッと流されてしまう形で新年度に向けての経営計画の一部変更が承認され、一方で今回の人事異動では庁内FA=フリーエージェントのことは何もふれられていませんでした。
この二つのことは何の関連もないように見えますが、ともに評価にかかわることだけに一緒に論じてみたいと思います。

経営計画は、これまでの基本構想や基本計画部分だけでなく実施計画や事業目標まで全体が議決事項となっているため、その改訂には議会での承認が必要となります。
今回は、「改訂基本方針」によると、市長マニフェストの推進/アクションプランの 4 年間の総括に基づく改訂/経営計画において新たな取組を検討することとしたもので事業化すべきもの/スクラップ等による事業の重点化、集約化に伴うもの/地方創生に係る取組/オール弘前体制の推進に係る取組の6つの枠組みからの見直しで、市議会では全員による経営計画特別委員会を組織して審議したため、報告が省略されたのと概要については市のサイトでも公開されていませんので、内容については確認することができません。
それでも、PDCAサイクルに沿って年度ごとの見直しがきちんと動いていることは評価できますし、その中で個別事業の評価も行われているものと受けとめておきたいと思います。

これに対して、一時期話題となった庁内FAですが、新年度には実施のはずが年度初めの異動では行われていないようですし、年度途中で実施するのは混乱を招くだけですので、このまま行われないと思って間違いないはずです。
その問題点は先に指摘したとおりですが、プロ野球のFAでは年数ばかりでなく出場試合数という実績が伴っている選手にしか行使できない制度であるように、市職員においては個人の人事評価で一定の基準を上回る評価を得ていることが前提となるはずですが、そこまでの人事評価制度を市では確立できていないことが、何といっても実現をはばんでいると思います。
先ほど事業の評価は行われているものとしましたが、事業をチームで実行している中で個人個人の評価とどう連動させていくのか、FAできるだけの実績を上げた職員には達成度の低い事業を抱えている部署をFA先に限定するといったルールづくりを行わない限り、実施できるものではないはずです。
その意味で、経営計画と庁内FAは連動していくべきものですし、そこでしっかりした事業実施と評価が行われるよう、組織の改編も総合計画と同じく4年に一度とすべきだと思います。

何といっても、人事評価制度の構築なくして納得のいく人事異動は行えないのですし、そのことが職員が安心してやる気を持って仕事に向き合える環境づくりにもつながるだけに、これからも注視していきたいと思います。

2015年3月21日土曜日

納得のいかない人事内示

昨日発令された弘前市の新年度人事異動の内示が、今日の地元紙上をにぎわせています。
何といっても部に昇格した庁内シンクタンク「ひろさき未来戦略研究センター」のトップに誰をすえるのかが注目だったのですが、山本昇氏がそのまま経営戦略部長兼務の形でスライドし、なおかつ県庁を退職して市職員になるのがわざわざ囲み記事になったので、納得がいかないというより呆れてしまいました。

前にも庁内シンクタンクの位置づけを論じたとおり、私はシンクタンクのトップには生え抜きの職員を置くべきだと思っていますし、部に昇格したからにはなおさらのことだと思うのですが、葛西市長はあくまでも市職員を信用したり育成しようという気はさらさらないようです。
その証拠に、今年度出向してきたばかりの浅利都市計画課長をあっという間に都市環境部長へと昇進させており、さらにはインバウンド対策と称して市内の観光事業者である「JTSみちのく」の小笠原潤氏を部長格で登用しているため、部長職の人数が定められている職員体制からすれば、市職員が部長となる枠が2つも奪われており、これでは自分たちはがんばっても報われないという気持ちが強くなる一方なのではないでしょうか。
そもそも、山本氏は県で課長級でもなかったはずですし、そのキャリアや一般質問での答弁内容から判断しても市の課長であっても大抜擢というレベルだと私は評価していますし、その評価以前に県から出向した職員が市職員となる場合の要件を定めておかなければ、市長のえこひいきがまかり通ってしまうだけに問題だと思うのです。
このことは、人事における透明性にかかわることだけに、山本氏一人にとどまらないことですので、再起の際には必ず問いただしたいと思います。

もう一つは、市の重要政策を抱えている部署にこれまで担当したことのない職員が唐突に回されていると思える異動が散見されることです。
具体的にあげて申し訳ないのですが、一人は議会事務局や人事課長といった内部での事務方が多く、あまり外とのかかわりのある部署を回っていないように思う桜庭市民文化スポーツ部長で、協働のまちづくり基本条例施行に際してトップにふさわしいのか気がかりですし、もう一人は商工中心で介護保険には無縁であった高校同期が介護福祉課課長補佐となったことで、介護保険料据え置きという緊急避難を行って今後3年間で状況を好転させなければならないのに素人が担当するのでは、本気で何とかしようとしているとは思えないからです。
職員や関係者であれば、ミスマッチにさらに目が点になっていることもあるように思いますし、健康福祉分野や商工系といった大枠の中でのゼネラリストならまだしも、市政の端から端まで渡り歩くようなキャリアパスは時代に適応できないと思いますし、せめて課長以上は経験のある分野に限って担当するようなルールが必要だと思います。

葛西市長は、人事や組織改編にもスピード感を重視しているのかも知れませんが、こういうひずんだ状況を見ていますとスピードよりもオープンであることを大事にしてほしいと思います。

2015年3月20日金曜日

ゴルフ場よりウソが問題です

岩木川市民ゴルフ場問題は、2/13に管理棟や散水施設などの取得費用と特別清算補助金がウォーターフロント者に支払われて一件落着となったかのように、一般質問でも取り上げられず一般会計の採否のポイントにもならず終わってしまいました。
特別清算補助金に関しては市民による行政訴訟が行われており、昨年8月からのNPOリベロ津軽による指定管理で順調に利用者が増えていることで、もはや議会で争うべきものはないという判断なのでしょうが、ゴルフ場問題市民ネットワークの代表幹事としてかかわって知り得た情報と市議への再起をめざす立場からすると、今こそ議会が市と対峙する必要があると思うだけに、歯がゆくて仕方がありません。

市はこれまで市民ゴルフ場に関しては、社会体育施設としての必要性は主張しながらも、出資している以外に経営責任はなく、役員となっている市幹部職員は個人として加わっているという答弁や記者会見を一昨年まで続けてきました。
それが6月定例会では、管理棟などが第三者の手に落ちる懸念があるとして破産ではなく特別清算でなければならないと強弁し、その特別清算を成立させるために債権者に対して5%の配当を実現させる必要があるとして862万円の特別清算補助金を支出するのを強行したわけです。
この際、6/13付で議員に対しても前例のない資料配付だと自ら認める文書を出すほどドタバタしていたように見せていたのですが、2日前の6/11には市民文化スポーツ部内で部長までの押印のある稟議が回っており、そこには添付した試算表や特別清算スキーム図といった綿密に内部で検討されたのが明白にわかる資料があり、5%という設定も市が行っていることが明らかです。
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このことは、WF社の経営破綻とゴルフ場存続を一手に市が引き受けて、市が主導して解決にあたったことを物語っていますが、ネットワークによる監査請求の際には白日の下にさらされているこの資料をもとに、市が方針転換したのか、はたまた以前から主導していたのを隠し続けていたのか問いただした議員はいませんでした。
それが、今回の行政訴訟では市が主導していたと自ら答弁書に記していまして、それからすれば市は市民や議会に対してウソをつき続けていたと白状したわけですので、これほどの議会軽視はあり得ないのにもかかわらず、今定例会で指摘追及しようとする動きは皆無だったのです。

振り返れば、第3セクター評価点検委員会からは廃止を申し渡されていたゴルフ場を、WF社鳴海康安社長が葛西市長の後援会長である所以をもって社会体育施設としての必要性を私的懇談会に答申させて存続を図った際には、まだ方針転換のアリバイづくりがあり、説明責任は果たそうという姿勢があったと百歩譲って認めてもよいのですが、今回に関しては説明もないままに裁判においては公益性を主張するために自らウソをついていたと白状するのは、卑怯としかいいようがありません。
裁判そのものは補助金支出の公益性を争うことになりますが、市民や議会にウソをつくことこそ公益性を失墜させることだと思うだけに、このことが問題とならない議会にも失望してしまうのです。

ゴルフ場そのものが市民にとって必要なのかという議論もしていくつもりですが、市民に対するウソという根本にかかわる問題は、必ずや追及していくつもりです。

2015年3月19日木曜日

合併と人口減少問題

昨夜は、昴町会をカバーしてくれている消防団第5方面団相馬地区団第4分団の総会に町会長として招待いただいたので、分団長以外は全員年下の団員たちと歓談してきました。
その総会の事業報告で、東目屋地区団との協議というのがあったので懇親会の席で教えてもらったのですが、現在は第5方面団といっても相馬村消防団がそのまま移行した形だったのを、4月から東目屋地区団を第3方面団から分離して第5方面団に加えることになったのだそうです。
先日の東目屋地区の酒蔵・白神酒造の火事の際にも相馬地区団も出動したように地理的にも近く、たった4分団で方面団を組織しているのもどうかと岩木地区の第4方面団との統合という案も出ていたそうですので、東目屋4分団とあわせて2地区団8分団体制で存続できるというのは、また合併で失うものが出るよりよっぽど助かる話だと受けとめました。

相馬から見ればありがたい話ですが、一方の東目屋からすれば相馬の下になるのかという半ば悔しい思いをしているのではないでしょうか。
昭和の大合併の際に、中津軽郡16村のうち岩木村・大浦村・駒越村(この3村が合併して岩木町)・相馬村・西目屋村の5村は弘前市との合併に加わらなかったのですが、この5村の真ん中に位置していた東目屋村は合併して長らく弘前市には飛び地が存在していたのです。
合併後は出張所・交流センターが置かれたものの、それ以外に目立った取り組みがあったとは聞こえませんし、消防団の件ばかりでなく西目屋中と東目屋中の統合の件でも地区の意志より市の意向で動かされてしまう形ですので、当時の合併で得たものは「弘前市民である」というプライドだけだったように思います。
相馬村より少し小さい規模の東目屋地区ですが、もし仮に昭和の大合併に加わらずにいれば、流れからして東目屋総合支所が置かれて個別の地域計画が策定されたはずですし、人口動態からすれば過疎計画や特別豪雪地帯の適用も受けることができたはずですから、60年前の決断は正しかったのか無念に思う人もあることでしょうし、今回の合併では岩木・相馬との格差ばかりかとばっちりまで受けているとすら感じているのではないでしょうか。
定例会でも常盤野・十腰内・十面沢の3へき地保育所が閉園と決まったように、国としての人口減少や一極集中ばかりでなく、市でも周辺地域と中心部で同じ状況がすでにはじまっていて、その中で地域を維持していくためにどの施設を残しどのような施策を展開していくかは、合併時の旧村単位で考えているわけにはいかないことだけに、今回の東目屋の件は自分ゴトとしてとらえておくべき問題です。

それだけに、相馬にいつまでも総合支所があるという保証はありませんし、市全体のバランスを考えるべき市議という立場から冷徹な判断を受け入れなければならないこともあるでしょう。
いつかは東目屋と同じ位置づけになると覚悟を決めて、その前にできるだけ行政頼みではなく地域力で自立していく努力をするのが、相馬の住民としてのあり方だと思っています。

2015年3月18日水曜日

最後の傍聴記

3月定例会の最終日つまり今任期最後の日ということで、傍聴に足を運びました。
最終日には、各委員会での審議および議決について委員長から報告があり、それを改めて本会議の場で全員による議決が行われるとともに、追加案件がある場合にはそのまま審議採決が行われますので、その中でお知らせしておくべき議決についてお知らせします。

予算案・介護保険条例

新年度予算案のうち、一般会計・国保特別会計・介護保険特別会計の3つについては委員会(といっても全員参加ですが)で反対があったため、改めて議決が行われ共産党のみ反対という形でした。
国保に関しては、2010年に国保料改定以来ずっと共産党が反対するという恒例の流れでしたが、一般会計についてはゴルフ場の指定管理料が含まれているにもかかわらず修正案提出や反対に回る議員もないという近年にない形で、介護保険についても問題だらけの介護保険料据え置きで取りつくろっている予算案であるのに反対が出ないというのは、審議の意味のない追認としか思えません。
私が議決に加わっているのであれば、一般会計と介護保険特別会計には反対です。

シンクタンク

1月に課の扱いで設立した庁内シンクタンク=ひろさき未来戦略研究センターですが、事務分掌の条例改正を行い、部として正副センター長に研究員18名という組織として4月から本格稼働することになりました。
このこと自体は即座に反対すべきものではないと思いますが、そこまでの組織とするのであれば今後は外部コンサルタントに丸投げするようなマネをせず、自ら考えるやり方で臨んでほしいと思います。

協働によるまちづくり基本条例

自治体の憲法という位置づけさえされる自治基本条例の弘前市版ですが、この大事な条例が全員での議論ではなく厚生常任委員会に付託されたことに扱いのぞんざいさを感じますが、その委員会では全会一致で可決されたのが、本会議では畑山市議から「異議あり」の発言があり、たった一人反対に回りました。
これまでの姿勢からすれば想定内の行動ですが、本気で反対するのであれば事前に反対討論の申し入れをし自らの所感を明らかにしてもらわないと、市民にはなぜ反対なのか見えないだけに残念でした。

議会基本条例

議員提案の案件は最終日の最後の最後に追加されるのですが、今後の議会のルールを定めた条例が議員全員での提案ということで、趣旨説明も質疑も討論も何もなく内容がまるでわからないまま成立してしまいました。
市民に対して議会としての姿勢を示すつもりがあるのであれば、質疑はともかく全文朗読によって趣旨を伝えるべきだと思うのですが、それもしないところにたった半年の付け焼き刃で仕立て上げた模倣品でしかない正体が見えてしまった感があります。
今日も勇退する先輩議員から「帰ってきても過激なのは慎め」と遺言されたところですが、私の考える議会改革にはまったく役に立たないものと思っていますので、それこそ提案者に加わらず反対討論によって自らの思いを市民に伝えたかったくらいです。

いずれにしても、傍聴席にいては何もできない悔しさを最後まで感じてきましたので、これが最後の傍聴となるよう、がんばりたいと思います。

2015年3月17日火曜日

歴史とまちづくりをつなぐ

14日は坊主の卒業式でしたので基調講座のみで中座する形でしたが、主催する縄文の会の一員として最低限の責任を果たすべく、文化センターで開催された縄文遺跡活用フォーラムに参加しました。
今回は、県内の縄文遺跡と大森勝山遺跡について学ぶ基調講座と県内主要遺跡からの報告、そして午後からは遺跡の活用をワークショップ形式で自由に考えるという流れでしたので、最後まで参加できなかったのが本当に残念でしたが、この形は歴史を学ぶこととそれを生かしてまちづくりを考えるという一石二鳥の取り組みだけに、もっと広がっていくべきだと思います。

これまでの形であれば、歴史を学ぶ講座であれば年配の方々が多く、まちづくりとなるとJCや大学生といった若い顔ぶれと分かれているのが、今回は双方が参加する場となったことで、若い世代が縄文遺跡の価値を理解するとともに、年配の方々がワークショップというなじみのないスタイルでの意見の出し合いを経験することになり、ともに刺激のある時間だったことでしょう。
これまでも、相馬の長慶天皇伝説や三和地区の砂沢遺跡、はたまた船沢地区出身の前田光世といった地区と結びついた歴史テーマについてふれてきましたが、石川城や和徳城といった南部氏支配時代の歴史を持つ地区、大浦城や堀越城といった津軽氏による津軽統一の拠点、さらには各地に点在する神社仏閣などを学んだ上で活用を考える取り組みを、もっと自由な形で進めていくことが広がれば、保存一辺倒でも現在の課題のみに縛られるのでもない形でのまちづくりができるのではないかと思います。
実は14日の午後にはヒロロで都市計画課が主管する「まち育てミーティング」も行われたのですが、昨年度の実施地区であった経験からすると、地区で行われたワークショップには歴史を掘り返す視点も持っているだけに、フォーラムとミーティングが別々に開催されるのではなく、主管課や団体が別であっても同じ方向性を持つものをリンクさせたり一緒に考える場をつくっていく連携や工夫が必要だと思います。

これは縦割り行政の中では難しいことのように思われますが、取り組まれていないだけに形ができた場合の起爆力は大きいでしょうから、歴史とまちづくりばかりでなく都市計画や景観でも組み合わせて一緒に考えていくことを提言していきたいと思います。

2015年3月16日月曜日

教育にエアポケットがあっていいのか

今日は県立高校の合格発表があり、坊主も何とか拾っていただいてホッとしたところです。
今年度から前期後期制をやめて一発勝負となったばかりか、岩木高校の閉課程や弘前高校の1クラス減などもあり、市内の普通高校が進学校ばかりになってしまうという厳しい状況で、同級生でも涙をのんだ結果になった子もいて、何とも無情な仕組みだと思わずにはいられません。
この件に関しては、保護者としての怒りや在職時に無力だったことへの反省をこめて「かく語りき」に記しましたし、以前にも市立高校設置を提言したこともありましたが、改めて高校教育というエアポケットについて考えてみたいと思います。

現在の教育の仕組みでは、小中は県採用の教職員であっても市立ということで市教育委員会の管理下に置かれていますし、大学は国立私立の別はあっても大学コンソーシアムなどで学生の活動を支援する形が構築されてきていますが、高校に関してはそこまでの関係がないままで、市の教育とは一番離れたところにあるように思います。
確かに高校の場合は、市内に収まるどころか津軽南地域を超えて西北五地域までカバーするだけに市教育委員会で管理するというわけにはいかないのが現状でしょうが、消防が統合して広域なエリアをカバーする事務組合となっているのと同じことが教育でできないということはないはずです。
とりわけ少子化が進む中で小中そして高校再編が今後も検討されていくことになるにあたっても、地域の中での教育をどうしていくかを考えるにしても、小中と高校を一体的に成り立たせていく必要もあるでしょうから、今の教育委員会のあり方も見直すべきだと思います。
その意味では、自治体の首長が教育に関与する方向性よりも、より広域な地域教育を大所高所から進めていくことのできる教育のリーダーに任せていく形の方がいいと思いますし、県内で最も政策的判断ができる柏谷さんが教育長を務める横浜町が真っ先にコミュニティスクールを導入するという現実を見ても、どちらがよいのか判断材料になるはずです。
コミュニティスクールが中学校区単位で実現し、地域の拠点としての位置づけが強まっていけば、合併で求心力を失いつつある旧役場=支所よりも頼りになることでしょうし、勝手知ったる地域のことを学区単位で解決していく取り組みが広がれば、議会は市全体のことだけに集中して議論する場に変質せざるを得なくなりますし、地域ばかりでなく姿勢に与える影響も大きいものになるはずです。

それだけに、高校だけは県教育委員会という形を変えていく意義はあると思いますし、これを市の立場から県に物申していく必要を改めて感じています。

2015年3月15日日曜日

登録有形文化財と前川建築

弘前市庁舎が登録有形文化財に登録されると、地元紙が報じています。
戦後の、それも現役の市役所として使用されている建物が指定されるのは、やはり前川建築の価値の高さだと思いますし、このこと自体は素直に喜びたいと思います。

このことで登録有形文化財という指定の価値も同時に理解できるわけですが、ご存じのとおり市役所と並んでいる旧第八師団長官舎は先んじて指定を受けています。
これが4月のスターバックス開業に向けて改修が進められているわけですが、一方の市役所は立体駐車場に続いて防災棟の増築工事が進んでいるところで、当面は市役所として機能させていく方向ですし、今回の指定をふまえると以前提言したような博物館として活用することも見送るしかないと思っています。
このように、同じ指定を受けている対象建築物であれば同じ取り扱いをすべきものだと思うのですが、市の場合は一方は指定を受けている価値を減じさせる改修・開業を臆面もなく進め、もう一方は指定を受ける前であれば検討できることもあったはずなのに市役所として使い続ける方針で進めてしまうという、矛盾した対応であることが問題だと思うのです。

とはいえ、すでに不可逆的な改修や決定が進められているものを論じても詮ないことですから、市所有の前川建築で古い方の市民会館や市立病院について、この機会にこれらも同様の指定を受けることを前提に維持活用を考えておくべきだと思います。
先年改修が行われたばかりの市民会館は当面使い続けていく形になるでしょうし、使用しないことになれば史跡としての弘前公園内に位置しているために取り壊さなければならないことになりますので、これは使用継続を前提に改修を続けていくべきだと思います。
もう一つの市立病院は、病院以外には転用できる建物ではないものの、津軽地域の中核病院としての機能を果たすには郊外への移転が必要となるはずですし、一方では旧一大小学校跡地と一体での再活用を図るべき位置にありますので、文化財指定を受ける前に解体を含めた検討をすべきだと思います。
市では、施設機能の集約と効率化のためにファシリティマネジメントを進めているところですが、文化財としての価値もふまえて取り組まなくてはならない難しさがあり、その焦点は市立病院ということになると思います。

市庁舎の文化財指定から話が飛んでしまったように思うかも知れませんが、こういう機会に考えておくべき問題があると思っています。

2015年3月12日木曜日

健康づくりサポーター押しつけに怒り

これは相馬地区町会長会議でのことでしたが、新年度から動き出す健康づくりサポーターについての説明がありました。

先日行われた町会連合会保健衛生委員研修会での説明にも引っかかるものがありましたが、役割としては町会から選出の保健衛生委員とほとんど変わらないものの、働きかける対象が町会未加入の市民まで拡げるための制度創設に重心が置かれているようでしたので、町会未加入者のために町会が新たに役職を市に推薦するのはお門違いな話なので、未加入者が多い地域で活動してもらえる人材を市が直接募集すべきだと反対をぶっておきました。
連合町会理事会に出席している地区連合会長によると、昨秋からすでに4回ほど理事会に上がっているそうですが、保健衛生委員との役割の重複といったことで異論を唱える理事も少なくなく、理事会として了承するところまで至っていないのだそうで、それでこそ自主独立の町会連合会の面目躍如と大いに共感したところです。
とはいえ、町会に市民自治の根幹があることを理解していない議会では何の問題もなく3月定例会での予算案の一部として可決されるでしょうし、それを受けて町会長宛に個別に推薦についての文書が発送されれば、事情を理解していない町会長であれば唯々諾々と推薦することでしょうから、すでに後の祭りという状況です。

そもそも、弘前市の自治基本条例である「弘前市協働によるまちづくり基本条例」でも、町会は市を構成する主体の一つとして位置づけられているはずですが、こういう扱いを受けると、市からすれば町会は何でも言うことを聞く下請け機関、町会長はパシリだとでも思っているのでしょう。
正統な位置づけと役割分担ができているのであれば、自分たちの町会に加入していない人たちのために新たな役づけをして苦労を押しつけるということはあり得ないことですし、代わりに動く組織がないので何とかというのであれば、協力した町会には何らかのインセンティブがあってもおかしくないと思うのですが、サポーター個人は無報酬、町会にも交付金加算があるはずもないのですから、バカにした話です。

今は町会長として怒ってますが、市議という立場からでもおかしいものはおかしいと言うつもりですし、この4年間で見えてきた市民自治での矛盾を解決するためにも、市政の場に戻らなければならないと思っています。

2015年3月11日水曜日

野田村から見る東日本大震災

あの東日本大震災から4年になりました。
死者・行方不明者に震災関連死を加えれば2万名を超える方々の尊い命を奪い、豊かな自然あるふれる東北の海岸の街並みを根こそぎにし、そして福島第一原発の事故によって帰るめどの立たない生活を強いている震災は、まだまだ終わるものではありません。
国立劇場の追悼式で、安倍総理は復興を加速させると大見得を切りましたが、天皇陛下は国民の苦労を励ますお言葉に終始され、そこにこそ被災者の心に寄りそう姿を感じたのは、私だけではないと思います。

私は時ならぬ猛吹雪で東北道が通行止めとなったので、青森市・八戸市回りで野田村での「東日本大震災津波 岩手県・野田村合同追悼式」に5時間かけてたどりつきました。
県との合同追悼式というのは、各被災地を持ち回りで行っているもののようで、達増知事や県議会議員諸侯ばかりでなく、小泉進次郎復興政務官や小沢一郎代議士の姿もあり、さらには来賓ではなく一般参列者の中に二年連続のさかなクンのいつものコスチュームもありました。
その来賓による献花の際に、自治体の最初に案内に弘前市長・葛西憲之の呼名がありました。震災直後から今までの支援を一番してくれた自治体への感謝を形に表していることに、参列した市民の立場で誇らしく思いました。

ひるがえって、当の弘前市では野田村からの感謝の思いはどれだけ伝わっているでしょうか?はたまた、市役所や支所ばかりでなく防災無線の届く範囲には14:46を期してサイレンを鳴らし黙祷を捧げるというアクションはあったのでしょうか?
実際に被災したり周りの人の中に犠牲者がいる立場である野田村の皆さんは、いつも心優しく私たちを迎えてくれますが、その笑顔の陰には悲しみと思うように進まない復興へのいらだちがあることを、折にふれて教えていただく機会があります。
そこまでの関係を築くのは一朝一夕にはいきませんが、せめてこの日この時間だけは震災の記憶を振り返り防災の思いを新たにする時として大事にしていくべきだと思います。
追悼式の後に行われたシンポジウムの基調講演に立たれた内藤廣・東大名誉教授が最後にお話になったのは、「人心は劣化する、そのために記憶を100年後に受け渡す工夫と努力が必要だ」ということでしたが、4年ですら風化しつつあると感じるだけに、非常に重い言葉として受けとめました。

被災しなかった弘前市だからこそ、震災を忘れない努力が必要だと改めて思います。

2015年3月10日火曜日

通告調から予算審議を仕分ける

前後の日程を考えると予算特別委員会の傍聴ができるのは今日の午前中だけとなる可能性が高いので、補正予算の審議なのを承知の上で、傍聴しながら財務政策課から借りた予算書と議員から通告された項目が列挙されている通告調を引き比べて、自分ならば取り上げる項目が盛れていないかの確認をしました。
今回、通告されているのは16名118項目で、9月の決算でも17名151項目でしたので、新年度で新規事業がいくつも並んでいるにもかかわらず、人数も項目も減少しているのが見て取れますし、さらにはそのうち重複している項目が10近くありますので、似通ったものに引きつけられていて、34人で構成されている視点の広がりが感じられません。
ちなみに、通告されていないものから私なら質問したいと思う項目が57も残っており、その中にはシティプロモーションサミットやハッカソンといった初めて取り組む事業も含まれていまして、なぜ誰も関心も示さないのか不思議です。

ところで、傍聴した午前中には何本かの補正予算が上程され、何ともエンジンがかからないような低調な質疑が続き、藤田隆司市議からは5W1Hでテキパキと答弁するようにとまで指摘されるような冗長な答弁が続いて、あろうことか補正予算すら終わらないまま昼食休憩に入ってしまいましたが、これには国の補正予算に連動して本来は来年度当初予算に計上されるべき地方創生などの内容が今年度の補正予算として並んでいることも影響しています。
これは逆に考えると、通告に縛られない補正予算のところで来年度のことを質問するチャンスなのですから、それだけ突っこんだ論戦をしてほしかったのですが、資料を読みこむ目を引きつけるようなやりとりではなかったのが何とも残念です。

また、通告される項目の少なさに質問時間制限が影響しているのは明らかですが、もう一つ出てきているのは事前通告をせずに通告者からの質問が終わったところで聞き出せていない項目を取り上げて通告外の質問をするというやり口です。
これは以前からの慣例で、通告していない款であれば通告外の質問をしてよいが通告した款ではそれ以外の質問ができないという縛りを30分の制限時間のために有効に使おうという考えからでしょうが、一部分しか傍聴できなず通告調に目を通して確認するしかない市民からすれば、通告していない議員は質問しないものという判断になるでしょうから、そのやり口でいいのか考えてほしいものだと思います。
質問時間制限そのものは悪法でしかありませんが、それを定めた立場なのですから、抜け道をさがすことより、正々堂々30分を使い切って、この議員にもっと質問をしてほしいと市民に思わせて改善の声を上げさせるくらいの論戦を見せるべきだと思います。

いろいろと注文をつけましたが、実際にどのような質疑となるのか、関心を持った市民の皆さんが明日から一人でも傍聴に足を運んでくだされば何よりです。

2015年3月9日月曜日

国政問題への向き合い方

先日、ある方から原発問題やTPP、農協改革などでの姿勢をハッキリさせるのが、支持を集める近道ではないかというアドバイスをいただきました。
国政の問題に関心があるのであれば国政選挙に打って出ればよいこと、というのが基本的な姿勢ですが、市政においても向き合う場面が生じることですし、改選後に会派を組むといった場合にも政治姿勢で共通項があるというのが基本的に必要なことですので、この機会に明らかにしておこうと思います。

原発・核燃サイクル問題

安倍政権は、早期の再稼働に突き進もうとしていますが、震災支援を通じて何度もおじゃました福島県の現実を知る立場として、再稼働など以ての外ですし、このまま稼働させることなく廃炉に向けて舵を切るのが政治の責任だと思っています。
当然のことながら、青森県には六ヶ所核燃サイクルも東通・大間原発も必要ありません。

TPP・農協問題

交渉が難航しているように見えるTPPですが、対米従属しかできない安倍政権は最終的に農家や日本の産業よりも政権維持のために法外な条件でも呑んでしまうことでしょう。地元では反対のふりをしている国会議員が最終的にどんな態度を取るのかを注視していく必要があります。
また、農協に改革の必要があるとは思いますが、今回の改革では農業がよくなる性質のものは含まれておらず、政権の言うとおりに動かすための解体を狙っただけのものですので、今回に関しては反対です。

集団的自衛権

不戦を掲げる日本国憲法を拡大解釈して自衛隊が生み出されているのに、さらにあり得ないような事態を想定して解釈改憲に走る集団的自衛権など、認めるわけにはいきません。

憲法改正

9条に関しては改正すべきでないと思いますが、基本的人権や地方自治に関する分野では現代社会に合わせた改正が必要になっていると思います。

この他にも、3年ごとに制度がゆがめられてマンモスの牙のようになってしまっている介護保険制度への私見はこれまでもふれてきましたし、地域おこし協力隊のように国の制度がそのまま地方に下りてくるものには賛否を示してきたつもりです。
ここから理解していただけると思いますが、主要政策において自民党とは正反対の立場ですし、それゆえに地元県議はご縁のある方々ばかりでも支持するわけにはいかないと心に決めています。

ただ、地方議員はこういった国政問題にしっかりとした意見を持つのは必要だとしても、やはり市として取り組むべき問題を優先すべきですし、そのことで評価を受ける存在であるべきだと思っています。

2015年3月8日日曜日

はるか夢球場は25億円で済まない

ほとんど傍聴できなかった一般質問ですが、一番多くの議員が取り上げたのはプロ野球公式戦誘致とそのためのはるか夢球場の改修というテーマでしたが、地元紙の報道によれば2017年度の実現に向けて14300人のスタンド増設などを総工費25億円をかけて行う方針との答弁だったようです。
野球ファンからすれば安いものと思うかも知れませんが、そのファンの一人であっても政治にかかわる立場としては非常に問題を感じます。

地元紙も、総事業費25億円でも市の負担は4.2億円と書くほど、葛西市長の補助金マジックにかかっていますが、何度も取り上げているとおり、国から交付金や補助金で有利な財源確保ができるというのは、国民としては借金を増やすことに加担しているという視点でとらえなおすべきですし、国としても地方からの声に大盤振る舞いしてはいけない危険水域で自分たちはすでにおぼれているという立場で判断してもらいたいものだと思っています。
さらに考えなければならないのは、球場を改修するところまでは補助金をあてにできるかも知れないにしても、その後の維持費については市にのしかかってくるわけですから、それにはどれだけの支出が見こまれるのか、そのランニングコストをカバーできるだけの入場者や使用料を見こめるのかといった綿密な中長期計画を検討しているかどうかは論じられている様子が見えないところに大きな不安を感じます。
岩木山総合運動公園にある天然芝のサッカーグラウンドで聞いたことですが、良質な芝を維持するためには一回の使用料を上回る維持費がかかっているのだそうで、球場を改修したにもかかわらず満員にできるような試合やイベントは何度もなく赤字だけがふくらんでいくのでは、市の財政には大きな足かせになってしまいます。

政治には、真面目で前例踏襲の行政マンにはない夢を語り実現させるという役割があるのは重々承知していますし、私としても次につながる提言をしたいと思って日々考えていますが、国そのものの借金はふくらみ続けているのにそれをあてにしての事業は慎むべきだと思いますし、まずは市民にとって優先すべき生活問題の解決から取り組んで、自主財源でも取りかかれる余裕が生まれた時にはじめて動くべき事業だと、今回の公式戦や球場改修については受けとめています。
我が師である北川正恭先生は、政治が利益を分配する:時代から不利益を配分する役割に変わってきたと喝破されていましたが、私も目先の夢を見せることより、将来の不利益を最小限にするためにあえて嫌われる物言いをしていく政治家であろうと心しています。

2015年3月7日土曜日

予約型乗合タクシーという隠れ蓑

ろうそくまつりと例大祭で二日間沢田地区で過ごし、住民や実行委員、例大祭参列者とたくさん話すことができたのも自分の糧になりましたが、気になったのは昨年2月から運行されている予約型乗合タクシーが沢田地区ではたったの一人も利用者がないということでした。

このシステムは、それまで補助金ばかりでなく地域住民の負担金も入れて存続してきた相馬地区内のバス路線を、総合支所のある五所地区で終点とし、以奥の11地区にはバスに接続する形で予約型乗合タクシーで玄関前まで送迎するというものですが、一度は失敗した実証実験を反省することもなく、地区住民を巻きこんで自分ゴトとして考えたり取り組んでもらうという働きかけもないままに進められたことですので、はじめる前から私は反対でした。

通院のたびに利用している叔母も不便で仕方ないとこぼすので案の定とは思っていましたが、沢田地区の場合はなぜか朝の早い時間に2便、弘前行きの最終便は14:00台という不便極まりない時刻設定のために使い物にならないのがハッキリしているので、事前登録する人すらいないということでした。

他の該当地区からの参列者からも、バスも来ないという地域のマイナスイメージや土地評価額への影響などを考えたことはあるのだろうかという疑問も聞きましたが、路線廃止そのものの成否以外にもさまざまな問題を評価してみないといけないのを痛感しました。

すでに乗合タクシー導入から一年が経過したわけですし、遅くとも来年度早々には相馬地区住民に対して、目標をクリアできているのか、どういった課題が見えて地区や住民にお願いしたいことは何なのかといったの経過説明を行って当然だと思うのですが、今のところそのような動きはまったく見えません。

また、これが実証実験だというのであって成功しているとの判断なのであれば、最低でも新年度には同様の過疎路線のどこかでも実験開始することになっているはずですが、これもまた動きが見えませんし、逆に失敗しているのであれば本来の路線を復活させてほしいものですが、これに関しては一度廃止したものを復活させることができる形で取り組んでいるのか、それともやはり乗合タクシーを隠れ蓑にしテの路線廃止でしかないのか、疑念は深まるばかりです。

こういう不安を感じさせる進め方だからこそ、私ばかりでなく「なぜ相馬を狙い撃ちにするのか」という思いにとらわれてしまいますし、納得のいく説明を町会長としてでも政治にかかわる立場からでも求めていきたいと思います。

皆さんにも、自分の地域にバスが走らなくなる未来を思い描いて、それがいいことなのかどうか考えていただきたいと思います。

2015年3月6日金曜日

ろうそくまつりと人口減少

4日は私事で日付が変わるギリギリで酒田市から帰還、昨日はろうそくまつりで丸一日スタッフとして外で過ごし、今日はその本祭である沢田神明宮例大祭からの直会に長居して、ようやくしっかりとキーボードに向き合える時間となりました。
実際は、2日に風邪でダウンし3日は中央高校卒業式・祝賀会で合間を縫って無理やりの更新でしたので、5日ぶりというのが正しいところで、思い切り間隔があいてしまったことを、まずはおわびいたします。
その中で、今日の例大祭で宮司さんが非常に熱い思いで『地方消滅』への危機感をお話しになったのが印象に残りましたので、ろうそくまつりの報告とあわせてお知らせしたいと思います。

旧暦一月十五日の満月の日にろうそくを岩谷堂のなかに立て並べて、翌日にろうの流れで氏子総代が吉凶を占うのが450年以上続いている沢田ろうそくまつりですが、現在では10世帯となっている沢田町会(当然ながら市内最小の町会です)だけでは、まつりどころか例大祭も難しくなっているため、近年は市からの補助金を村内有志を中心とした実行委員会が受託する形で運営し、観光コンベンション協会や岩木山商工会などの協力と小雨ながらも路面に雪がない時期の開催だったこともあって、史上最多2500人の来場者でにぎわいました。
宮司さんは、その人出の多さへの感謝でも五穀豊穣を祈念するのでもなく、何とかこのまつりが続いてくれますようにと願わずにいられなかったのだそうで、当地の神明宮だけでなく市内約800ヶ所の神社を守っていくだけの人口とエネルギーが維持できるのかということに危機感を覚えるのだそうで、そこで『地方消滅』を引き合いに下あいさつとなったのだそうです。
それを受けての直会でしたので、村内の神社の状況やお母さん方に義務的にのしかかっている地蔵様や産土講などの民俗信仰の継承が厳しくなってきている現実も話題に上りました。

確かに、人口減少の流れの中ですべての集落が維持できるわけもなく、そこでの振興や風習も受け継がれてはいかないのが現実なのでしょうが、以前お伝えしたように「自治体破れて山河あり」の視点に立てば、自治体としての弘前市の存立は不透明ですし、存立してもまつりの補助金はいつまで続くかわかりませんが、この限界集落をもり立てて維持していかなくては旧相馬村そのものが地域として成り立たなくなるという危機感を共有している実行委員会のメンバーにとってのフルサトでもあるだけに、沢田集落もろうそくまつりも規模は変わっても継承されていくはずです。
これと同じように、他の集落や町会でも外部からの力を引きこむだけの求心力を、まずは町内で結集するところからはじめて、その上で外に向かって発信していくアクションを起こしていくことができるようになれば、沢田以外の集落も生きのびていくことができるのだと思います。

その意味でも、イベントとしての盛会やまつりの神秘的な記憶ということではなく、まつりを維持するところから地域を守る異なった経緯で知られるようになることを願わずにはいられません。

2015年3月3日火曜日

市民感覚とかけ離れた一般質問

今期4年の最後の定例会一般質問ですが、残り3日は予定が入ってしまっているので、午前中だけでもと傍聴してきました。

今回は19名が登壇することになっており、議場でのやり取りより通告内容に目をこらしていたようなものですが、吉野緑地やプロ野球公式戦といったポピュラーなテーマは何人も取り上げているものの、市民生活に一番大きな影響を及ぼす介護保険については、石田久議員以外いませんでした。

これがなぜ問題なのかといえば、次期からの介護保険料を定める条例は厚生常任委員会に付託されるため、市民には見えないうちに採決が行われ、これが本会議では質疑が行われない形で報告の上議会としての採決が行われるので、最終的には会派の多寡で左右されてしまいます。

一方、介護保険料がアップするのは介護保険特別会計にも反映されますので、こちらで突っ込んだ議論があればいいのですが、一般会計でズルズルと議論を重ねてから付け足しのように特別会計に臨むのが通例ですので、傍聴しても肩透かしになるのが通例ですし、一般質問で取り上げた議員は改めての質問を遠慮してもらう慣例があり、突っ込みたい議員には制約がかかかる形になっています。

それだけに、市民に見える形で議論を重ねて問題のありかを明らかにするべきだと思うのですが、どうもそういう形にはなっていないようです。

ぜひ、市民の皆さんにも傍聴していただいて、本当に市民生活に大事なことが議論されているか見届けていただきたいと思います。

2015年3月1日日曜日

吉野緑地活用と街割り

来年度の予算案に市の都市公園である吉野緑地に隣接している赤煉瓦の吉井倉庫取得が盛られ、これに対し美術作家連盟から美術館としての活用の要望が上がるなど、注目が高まっています。
吉井倉庫は、日本初のシードル醸造所という歴史を持ち、近年では弘前市出身の美術家・奈良美智さんの作品展で何度か使われていますが、市が考えている文化交流施設という用途ばかりでなく、中心商店街・土手町に近く、さらにてこ入れが必要な弘南鉄道大鰐線の中央弘前駅の再開発ともからんでくるだけに、しっかりとした計画が必要だと思います。

この問題を考える上で、弘前の街割りの歴史は大きな意味があると思います。
たとえば、土手町といえば買い物をする街、鍛冶町なら飲食街、白銀町といえば行政機能というように、町ごとに機能が分かれているのが弘前の都市機能の特色で、八戸市の中心街でブティックの隣に居酒屋があるのを見て驚いたことがあります。
だからといって永続的なものではなく、以前の遊郭街は今では跡形もありませんし、東北有数の飲食街として知られる鍛冶町も、その名のとおり鍛冶屋が集まっていた街が戦後には特許を生み出すほどの農工具会社が立ち並ぶ街へと変わり、それがいつの間にかご覧のとおりの状況へとなっているのですから、街の持つエネルギーは計り知れないものがあります。
吉野緑地の周辺は、街割りが入りくんでいるところで、洋風建築の文化財である昇天教会が近くにあり、道路の並びには病院や市内最大の保育所であるみどり保育園があって静寂や安全が必要でもあり、中央弘前駅から橋を渡れば鍛冶町ですし、その駅舎を先日の鉄道BIG4は昭和のロケ地のようと絶賛していたとおり、単に新しくすればいいのかという問題もあります。
これに土手町との回遊や弘前駅との交通連携を考えたり、車利用の場合の駐車場問題までおさえた上で、文化交流施設の機能を持たせていくように進めていかなければならないのですが、そこには弘前では街の役割が分かれているという市民感覚を大事にしていく方向性が土台にあるべきです。

吉野緑地周辺のコンサルティングは、前回の議会で在京の団体に業務委託されたことですが、弘前の街割りの歴史をふまえた上で外からの提言を大胆に盛りこんで、新た恣意まちづくりが進むようになればと思っています。