2015年1月29日木曜日

紙漉きを交流のつなぎ目に

今日の陸奥新報に「紙すきで卒業証書」の見出しを見つけて、毎年恒例の相馬中のことだと思いましたら、ユネスコ無形文化遺産にまで指定されている本美濃紙での美濃市牧谷小学校のことで、ニュースソースは時事通信配信のものでした。
ちなみに、相馬中での卒業証書づくりは、立地しているのが紙漉沢地区で、地名の由来は吉野から逃れてきた長慶天皇が吉野紙の漉き方を手ずからお伝えになったという伝説によるものでして、20年以上前からはじまって現在では地区集会所「紙漉の里」に工房が併設されていて、地区のお母さんたちの指導で体験することもできます。

この紙漉きで卒業証書づくりという取り組みは、近隣ではないことだけに珍しいのかと思っていたのですが、ネットで検索してみると8000件もヒットするほど全国の和紙産地では普通に行われていることのようで、逆に驚かされますし、これを足がかりにして交流というのは数が多すぎます。
それよりは、元々は吉野紙が紙漉沢伝説のもとなのですし、吉野千本で知られる桜の名所と日本一の桜まつりという共通項もありますから、その伝統の技法を学ぶ形での交流というのであれば理由づけができますし、何と吉野紙は漆を漉すのに使われるのだそうですので、昨日のメイドイン津軽の津軽塗に紙漉沢産の紙を使う形になれば、さらに地元感を高めることにもつなげられます。

一方、紙漉という地名で知られているのは、冨田の清水コのある紙漉町の方ですが、これも検索してみると名古屋市や鶴岡市・新庄市くらいしか見あたらず、実は珍しい町名だというのがわかります。
こちらの方が少ない分つなげやすい気はしますが、当時は紙漉職人が集められた町だったにしろ現在ではその跡形もない状況だけに、何のためにつなぐのかが見えないのが難点です。
こちらは、自治体間の交流よりも、清水コで汲んだ水を運んで紙漉の里で紙漉き体験をしてもらうとか、紙漉町にある文化幼稚園の子どもたちと紙漉沢にある相馬保育所との交流をするといった、地元での紙漉つながりを生かす交流を考えてもよいのかも知れません。

今回、こういうことを考えてみたのは、弘前市では現在姉妹都市として津軽藩つながりの群馬県太田市・北海道斜里町がありますが、旧岩木町の姉妹都市である北海道美瑛町とは民間レベルでの交流が続いているように、顔の見える関係があることが弘前を売りこむ上でも大事なことですので、地名でも歴史でもきっかけになるものは生かしていくべきだと思うからです。
その意味では、美瑛町との交流は自治体レベルでも復活させるべきですし、姉妹都市を持たなかった旧相馬村でも交流する地域があればうれしいことですので、吉野との交流や震災支援でご縁のできた同規模の野田村とのつながりづくりができればと思っています。

こういうことは一人で考えたり調べたりするよりも、多くの人からヒントをいただく方が楽しく情報も豊かになりますので、皆さんから○○つながりの情報いただけるとうれしいです。