2015年1月24日土曜日

野田村へのボランティアを仕分ける

昨夜は弘大ボランティアセンター主催の「市民ボランティア講座」で講師に野田村から貫牛利一さんがおこしになるというので、足を運びました。
貫牛さんは、弘大や阪大・京大などの大学関係者が「チーム北リアス」として継続してボランティア活動をするための拠点に自宅用地を提供し、現地事務所長という形で受け入れ役を務めてこられた方ですが、今回は震災前の野田村の様子が伝わる写真を用意し、ご自身の家族も危機一髪だったという秘話を初披露しながら、復興から交流へと進んできたことを話してくださり、いろいろとお世話になってきた私も懇親会に加えていただいて楽しく歓談することができました。
ここまでの流れをつくってこられた弘大の李永俊先生の情熱には敬意を表しますし、今後ともこの取り組みをボランティアセンターの中核事業にしてほしいと思いますが、大震災から5年目に入るところで市が予算を出しての定期バスでの交流は弘大の予算で行うように改めるべきだと、ともに活動してきた立場だからこそあえて言いたいと思います。

市がバスを出しての野田村支援は2011年4月12日からはじまったのですが、8月まではがれき撤去などの作業のために月2回、その後は村民との交流をメインに切り替えて月1・2回の訪問が続けられており、李先生によれば来年度も運行の予定となっているそうです。
現在も20名ほどの市民と25名くらいの弘大生が一緒に訪問しているそうですが、昨夜の講座で久しぶりに顔を合わせた直後に活躍されたボランティアの方は一年以上訪問していないそうで、この方ばかりでなく一番大変な時期を知っている方々こそ交流の中心にいてほしいのですが、今のプログラムだと参加意欲がわかないそうで、このあたりで本当の意味でのニーズを満たす活動になっているのか気になります。
また、講座の終わりに「東日本大震災復興論」という科目の一環で出席している学生へのアナウンスがありましたが、ボランティアが学業に組みこまれることには疑問もありますし、科目の実習の位置づけで野田村訪問しているのであれば大学で費用をするのが当然だと思うのです。
震災支援に関しては、桜まつりなどへの招待は2年目で終わり、市内への避難移住者に対しての緊急雇用は昨年度から廃止されるなど縮小されてきている中で、野田村への定期バスだけは継続というのではバランスが取れていないということもありますし、再検討が必要だと思います。

市として取り組むべき震災支援はどうあるべきか、そのことで市民にどんな成果を生み出すのか、考える時期に来ています。