2014年8月7日木曜日

雨の日だからこそ、プール問題

5日から降り続いている雨は今日もやまず、ねぷた死亡事故の涙雨のように思えてなりませんが、雨で中止になっているのは夏休みのプール開放だろうと思います。
「だろう」と書いたのは、地元・相馬小学校では2007年からプールが使えなくなっているためなのですが、この1校1プールに変化が見られているという報道が朝日新聞にありました。
雨の日だからこそ、プール問題を考えたいと思います。

相馬小の場合はロマントピア、岩木地区の2小の場合は海洋センターを授業や夏休みの割引利用の形をとっていて、授業でも当地の指導員ではなく教員による指導のようですから、朝日新聞で報じているような民間委託ということではなく、拠点プールを作らずに民間施設で代用するというものです。
ただし、2007年時点の説明では、今後も老朽化が進んでいけば数校で1プールという形にしていかなくてはならないということでしたが、実際にそういう形になったところがないだけに、岩木・相馬ではだまし討ちにされたという思いが強くあります。
ただ、3月で弥生小が船沢小に統合され、次には修斉小が裾野小に統合されますから、夏休みとはいえ遠距離を子どもたちだけで通わせるわけにはいかないでしょうから、バスの運行などの対応が必要でしょうし、統合が進んだり拠点プールが現実のものとなっていけば、ますます検討すべきことが増えていくと思います。

ところで、朝日新聞の記事は我が友・伊藤大貴さんの紹介で知ったのですが、私がプール問題を取り上げるのは水泳ができるかどうか以前に水に親しみ友だちと遊ぶ場としてプールは必須の施設だと思うからです。
もう40年も昔のことですが、五所小学校時代の夏の楽しみはプールで泳ぐことではなく、村の奥で子どもにとっては未知の領域である旧相馬小学校エリアに踏みこんで、沢田・藍内という再奥部の地区でエメラルド色に輝く川の堰堤や淵で泳いだり魚を捕ることでした。つまり、プールは川という本番に備える基礎訓練と遊びの場だったのです。
運動神経がなく泳ぎが苦手だった私でしたが、何とか一緒に遊びたい一心でついて回って、一度はおぼれて蘇生法で飲んだ水をピューッと吹いた記憶もありますが、それでも川に行くのをやめることはなく気をつけて遊ぶようになったのは、こういう経験でたくましく生きる大切さを学んだと言えると思っています。
それから、時代は下って川遊び禁止が学校から言い渡されると守るようなまじめな子どもばかりになって寂しく思っていたのですが、それでも水に親しむ場としてのプールがあることでよしとしていただけに、最低限の泳力を身につけるとか授業で使える拠点プールがあればよいという発想には納得がいきません。
学校とりわけ小学校は、先生によって教えられることより、友だち同士でグラウンドをかけずり回ったりプールで水をかけ合ったりしている中で身につくことの方が大きいと思うだけに、財政で機能を失っていくことを避ける工夫をするのが政治の仕事だと思います。

皆さんのところのプールはどうなっていますか?統合が進んでも、地域でプールを守っていく取り組みをはじめませんか?