2014年8月19日火曜日

落選というキャリアパス

昨夜のゴルフ場問題の勉強会で感じた議会への危機感ですが、考えてみれば発言した方は賛成した議員に憤慨し出席していた議員に奮起を促すために発言したはずで、今さらながら自意識過剰だと反省しています。
ただ、落選してから3年半の間、自分でも捲土重来を公言してきましたし、次がんばってと励ましてくださる方もあり、市職員のほとんども現職時代以上に立てて接してくださるおかげもあって、議場で発言できない・公式な招待が減った・報酬が得られない以外は、議員時代と変わらない態度で世の中に向き合っているつもりです。
ちょうど今日になって、兵庫県議から代議士となり前回の総選挙で落選した井戸まさえさんのBlogで落選者へのバッシングについて書かれたものにふれて考えるところがありましたので、まとめておきたいと思います。

井戸さんは、ジャーナリストとしてのキャリアやプライベートで無国籍児の問題と向き合ってきた経験もあり、また号泣県議と同じ議会に所属していたこともあって、今もさまざまなメディアで活躍されているのですが、その方ですら落選したことで全否定されたと感じることがしばしばと述べているように、「落選すればタダの人」ならまだしも「落選すればダメな人」というレッテルを貼られてしまうのでは、選挙に出てみようというチャレンジをためらう風潮になるのも無理からぬことです。
考えてみれば、選挙に出るだけでも勤め人の場合は退路を断って臨まなければなりませんし、その上落選したからといって帰る場所がないのであれば、いきおい選挙に出るのは経営者か自営業もしくは党が全面的にバックアップする候補に限られてしまいますし、それが議会と社会の距離を大きくしてしまう要因にもなってしまいます。
一方、従軍慰安婦や集団的自衛権について鋭い論考を重ねている泥憲和さんが指摘していましたが、落選・引退した議員で靖国神社参拝を続けている人がほとんどいないように、現職として主張行動していたのが本物であるかどうかは、その後を見ることで明らかになるというのは的を射た話であると思いますし、私も同類相憐れむ立場になった人がまったく政治について発言しなくなったり、さらには発言すらやめてしまうのを見て寂しく思うことがあります。

それに対して、伊藤ひろたかさんとともにTwitter議員仲間として親しくしてもらった渋谷区議・鈴木けんぽうさんは、都議選にチャレンジして落選、雌伏してから渋谷区議に挑んで現在に至るキャリアの持ち主ですが、私や伊藤さんより若いのにタフさがあふれていたのは、最初の経験があったからだと今さらにして思います。
私にしても落選してから学んだこと見えてきたものが多いだけに、現職の議員に4年間の通信簿が必要なのと同じように、この間の言動を評価してもらって、政治に本気で向き合おうとしてきたかどうかを比べていただきたいと思うのです。

そのためにも、まずは「落選したらダメな人」という見方を、市民の皆さんにも考え直していただきたいと思います。