2014年5月19日月曜日

経営計画可決は議会の自殺行為

葛西市政の今後4年間の方向性を打ち出す新しい総合計画「弘前市経営計画」を審議する特別委員会が開催されましたので、傍聴に足を運びました。
今回の計画は、自身のマニフェストをアクションプラン=実施計画としてPDCAサイクルを回してきた葛西市長が満を持して経営型地域経営まで視野に入れて策定させたのが特色ですが、何と300ページを超えるボリュームがあり、さらには基本構想ばかりでなく実施計画や年度ごとの事業目標までが議決事項に含まれるというのです。
基本構想部分にあたる第1・2章部分だけで午前の審議時間を費やしてしまい、第3章の分野別計画のところで15:00でしたので、この調子では予備日である水曜日にかかるものと旧知の職員と見解が一致する状況でしたので、陸上クラブのトレに向かったのですが、同じく傍聴していた知人から審議終了可決のメッセージが届いたので、驚くというよりあきれてしまいました。
「ひとづくり」以外の「いのち」「くらし」「なりわい」の分野と市民行動プログラム・戦略推進システムという大きな柱と、500近い事業などを1時間少々で議了してしまうというのは、いかにも審議が長引いたという批判を怖れたというより審議そのものに厭いてしまう習性によるものとはわかっていても、本当に議論を尽くしたと胸を張れるのか聞いてみたいものです。

これだけでも十分に自殺行為といえる有様ですが、私からすればもっと大きい理由で議論を尽くそうとしたでしょうし、議会としての責任を果たすためにこの経営計画には反対だと思う理由に以下に述べたいと思います。
一つは、分野別計画までは大筋で了解できるものですが、500近い個別事業の目標が単なる結果=アウトプットでしかなく成果=アウトカムを示していないものでしたので、議決するからには一つ一つの事業に目配りできるだけの審議時間が必要だからです。
議決をするということは、その目標値まで議会が責任を持つということですから、そこまで徹底した議論が求められるはずですし、そこでミスや見直しが必要であれば柔軟に修正した上で改めて議案に付すくらいの慎重審議でかまわないと思います。
これは目標値のことばかりでなく、前回の総合計画審議でも一言の変更を求めるのでも反対するしかないという経験をしている市議諸侯ならばご存じのことだけに、細かい部分の修正を可能にする審議日程を取らないだけでも不作為の過失があるといわざるを得ません。

さらに、全体としての計画を回していくサイクルからしても、この計画を実施して見直しをしたものを議会に諮るという「しんがり」の出番に位置づけられていますが、それが予算審議の時期というのではもはや細かいところに口出しできるレベルでなくなってしまいます。
事業終了したものからすかさず市民生活の向上という観点から成果を検証し、事業の継続や見直しについて仕分けしていくのが議会に求められることですし、それをサイクルの中に位置づけるように協議したものが計画に盛られてはじめて議会としての本分を果たすことができるはずです。
それがまったく見受けられないものを、共産党以外の全員が各論で文句を言ったことを免罪符に賛成したことにあきれるのです。

厳しいことを言いましたが、それを議場で形にできない悔しさが募ってのことですし、それだけに戻らなければと思うのです。

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