2014年6月22日日曜日

典礼会館を許したもの

本日、オープンしてから初めて瓦ヶ町にできた典礼会館での通夜に参列しました。
当初から疑問に思っていましたが、実際に足を運んでみて中心街にあるべきでない施設だと痛感しましたので、中心市街地活性化とからめて考えてみたいと思います。

初めてということでいつもより少しは早めに到着したのですが、敷地内の駐車場はすでに満車で臨時駐車場となっている中土手町の「丸幸あかいし」跡に回るようにいわれたのですが、細い一方通行を土手町の通りに出るまで時間がかかった上にこちらも満車で、駐車料金を払って中三立体駐車場に置かざるを得ませんでした。
入ってみると、わざわざ記帳と称してカードに1枚ずつ書かせるのに個人情報の懸念を感じ、式場内の導線も逆でなじめず、全国チェーンへの嫌悪感を感じながらだったせいで、どうにも追悼の思いが薄まってしまいました。
全国チェーンでありながら、駐車場への対応が不十分であったり、そもそも土手町という弘前を代表する商店街のすぐ隣に葬儀というしめやかでなければならない施設を建てるというセンスやマーケティング能力のなさにあきれて帰ってきたのですが、逆に考えてみれば自分の持つ土地がどういう場所か重々承知しているはずの地元の地主が目先のカネほしさに売ってしまっているわけですから、始末に負えないのはこちらの方です。
もう少し踏みこんで考えると、このエリアは中心市街地活性化事業計画の対象となっているのですが、そこに人が足を運ぶとはいえ、喪服に身を包んだままで街をにぎわせるわけにもいきませんし、それどころか買い物に来る人たちでも無縁であれば近寄りたくはない建物があることは、客足を遠のかせることにもなりかねません。
それこそ、来週の日曜日には土手町で「よさこい津軽」があり一番近い中土手町交差点が最大のステージ箇所であるだけに、仮に葬儀の日程とかち合っていたら、弔う側も踊る方も気まずいだろうと思います。
それだけに、市としても建設の計画や実際の建築確認が出てきた時点で典礼会館側と話し合って事業中止を求めるべきだったと思いますし、それをせずに許可してしまっているのは、「土手町がどうなってもよい」という街に対する未必の殺意があったと言われても仕方ありません。
もしかすれば、中活を推進する商工観光部門と建設部との間で意思疎通がうまくいってなかったのかも知れませんが、先日の有料老人ホームの件でも建築確認での制限を提言したとおり、ハードの面からまちづくりのハンドルを切る必要があるので、私からすれば建築指導課こそがすべての政策を一番理解していなくてはならないセクションだとさえ言いたくなります。

いずれにしても、市民にも自分の利益だけでなく市としての利益不利益を考えて行動することを求めたいですし、市の職員にはかかわっている事業を他人事ではなく自分事として考える態度で臨んでほしいと思います。
ちなみに、今日の仏様は現職の市職員でしたが、葬儀の手伝いや参列した同僚の皆さんに気づかせるために故人がこの会場を選んだのだと思わずにはいられません。

2 件のコメント:

  1. うちの地方も多いですね。企業側からすれば人の集まり易い知られた場所って事なんだろうけど、うちの市のわりと真ん中の図書館の横と前にあるし、駐車場は混むと遠くに。地方と言うこともあり、中央の企業からすれば安い買い物なんだろうけど、その土地の成り立ちや意味を考えて欲しいです。弘前市の様な観光都市ならなおさら。市としてお城の周りに素晴らしい寺町が有るのだから、建物の配置や見せ方、そのメリハリを考えて欲しい。若党町なんかは仲町全体が 保存地区だから表は対面的な趣で私生活が見えない様な工夫をしてるのに。

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  2. そうか、中京でも同じ所業でしたか。安ければよい、自分たちの都合で建てるって、まさにブラック立地企業ですね。
    こういうのをはびこらせないような規制をきちんとするのが行政の役割だと思いますし、そのためにも町会商店会の団結が必要だと思っています。

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