2015年3月25日水曜日

野田村を姉妹都市に

弘前市•津軽からの野田村支援は、発災の日から遅れること2週間となる3/24で、丸4年となりました。
支援にかかわってきた者としての思いは別のBlogでお知らせしたとおりですが、支援から交流へと言われながらも、現実には交流の絆は細くなっていく一方で、昨日も一番最初のご縁をつないでくださった方から、「忘れないでください」と言われたのが耳に残っています。
震災から何を学ぶかについては先日述べたとおりですが、せっかくのご縁を生かし続けていくために、野田村を新たに姉妹都市とすることを提言します。

現在、弘前市には群馬県太田市・北海道斜里町の二つが姉妹都市で、太田市は江戸時代の弘前藩の飛び地があったこと、斜里町は北方警護の藩士が殉難したのを手厚く祀ってきてくれたことを所以としています。
ちなみに、旧岩木町では北海道美瑛町・ミルウォーキー市が姉妹都市であり、旧相馬村にはありませんでしたが、旧岩木町の分は継承されず、旧弘前市のものだけが続いている形です。
今年は3市町村が合併して10年ですが、この間で一番ご縁が深まったばかりでなく弘前市の名を高らしめてくれた最大のパートナーが野田村であるのは論を待たないところです。
この節目の年に、そのパートナーとのご縁を今後とも大切にしていくと内外に宣言するのに姉妹都市というのはうってつけのものですし、弘前市は大震災を忘れないと誓うことにもなります。

これが実現すれば、桜まつりや食と産業まつりなどで野田村の産品を販売してもらったり、ねぷたまつりへの招待が再開するといった働きかけもしやすくなりますし、そのことで商工関係者もイベントだけでなくビジネスの面でも目を向けてくれるきっかけになるはずです。
また、海を持たない弘前市が海のある野田村から恩恵を受けたり、雪のほとんど降らない野田村の子どもたちをスキーに招待するという相補的な交流も考えられますし、逆に実際は野田村は海のエリアより山間部での生活圏が広いだけに、地形的にも人口的にも同規模となる相馬地区との地域間交流を進めるといったアクションがいくつでも起こせます。
規模が釣り合わないというのであれば、野田村だけでなくお隣久慈市は津軽家の出自の地という説がある旧縁あるところですので、北三陸2自治体との縁組で注目を集めるのも考え方だと思います。

この姉妹都市での交流継続はぜひとも実現させたいと思いますし、そのことを必ずや主張提言したいと思っています。