2015年2月2日月曜日

長谷川成一館長と語らう

白神山地財団主催の「白神の恵みと環境教育フォーラム」に参加しました。
財団がメインで伝えたかったのはESD:Education for Sustainable Development=持続可能な開発のための教育を新年度から展開することでしたが、市立博物館・長谷川成一館長の基調講演「江戸時代の人は、天気不正の原因をいかに考えたか?」が終わったところで席を立つ人が少なからずいたのを見ると、どちらを目的に参加していたのかわかる気がします。
講演の内容は、江戸時代の弘前藩で天気不正=異常気象をどのようにとらえていたのか、それと岩木山信仰がどのようにつながるのかということでしたが、関心の高い参加者が多かったせいで質問が次々と上がり、それに対して先生がていねいに学者としての本分を守りながら回答されていたのが印象に残りました。

私も財団の事務を所管しているエコリパの会員ですので、終わってからの交流会にも加わったのですが、ちょうど先生と対面の席でしたので、この機会とばかりに質問をぶつけてみました。
先生は秋田県本荘(現在の由利本荘市)生まれで弘大で学んで以来弘前市に在住されているのだそうで、弘大を退官して昨年4月から博物館の館長に就任されています。
就任当初は職員が引っ込み思案でギャラリートークをしたいという申し入れを断ることまであって驚いたそうで、まずは自分が積極的にやってみせようということで自らギャラリートークを行ったところ、入口のロビーからあふれるほどの聴衆が集まり、安全面を考慮して100名限定とすることにしたものの、3日もあれば埋まってしまい電話がつながらないという苦情をもらう形になって、うれしい悩みを抱えているとのことでした。
動くことで人が集まるのを目の当たりにしてからは職員も前向きに企画を考えるようになり、非常にいい形で運営できているということで、これは外部の人材がもたらしたプラスの効果が出た好例だと思います。
歴史のことでいえば、初代為信公と2代目信枚公の間に長子である信建がいて、関ヶ原の戦いの際には西軍で大坂城を守る立場であるほどの存在だったので本当の2代目はこちらで信枚公は3代目ではないかと質問したところ、藩主とは幕府が定めるものなので津軽家12代というのは変わらない、ただし惣領と認められているので津軽家としては後を継いだということもできると、文献史学者の立場からご教示いただきましたが、その信建がイエズス会の史料に名を残しているのが発見されたそうで、4月のギャラリートークのテーマにされるそうです。

長谷川館長とお話ししてみると、外部人材の登用の効果というのがわかりますが、他の方々だと外で講演したというのを聞いたこともなく、中での仕事ぶりはさておいて、それが外に伝わっていかないのはもったいないことだと思いました。
ESDには、ひろさき魅力プロデュース室の盛和春室長も参画しているのですが、今回は交流会参加の予定が都合がつかなくなったのだそうで、スタバ問題の真相を聞けずに残念というか、見当違いの批判をするなと先輩からのお叱りを受けずにホッとしたというところでしたが、この件でも室長が市民に向き合って語ってくだされば疑念を抱かれずにすることもあると思っています。

最近、葛西市政批判を繰り返していますが、いいところは認めるの表れと受けとめてくださるとうれしいです。